具現
「ファンタスティカですか……少しだけなら、読んではいます」
そう言う小説たちを僕は、それなりに読んではいた。
ヴォネガット、レム、ストルガツキー。
――しかし彼らは、この地上にまだ存在すらしていないはずなのだ。
その全盛期の作品を読み返せる日は、恐らくない。
手に触れたとしても初期、才能の原石に触るのがやっとだろう。
ゆえに。
この時代にあって僕の読書量は、ほんのわずかだ。
わずかでしか、絶対にあり得ない。
「好ましいものも、そうでないものもありました」
誰かが生まれてもいないことは分かる。
けれども、存命の作者の作品の、明確な出版時期をと言われるとむずかしい。
ましてや、ロシア語への翻訳ともなれば。
なおのこと、僕の読書はわずかと言うことになる。
――それがもはや、提督の前では意味の薄いこととは知りつつも。
「興味本位を承知で言うが、君はどんな代物を作ったのかね? かの本では、ニッケルに象牙、それに水晶とされていたが」
なるほど、と僕は思う。
つまりはウェルズ、『タイム・マシン』の話なのだ。
……何と説明したものだろう。
僕は時間旅行者でもなければ、発明家でもない。
ただ天にいるかも知れない誰かのせいで、過去に飛ばされただけ。
思案顔の僕に、提督は言う。
「ふむ。ならば深くは聞かないが――より不吉な代物が、実現せぬことを祈りたいものだ」
残念ながら、それこそ無理筋だった。
科学者たちは、小説から着想を得てしまうのだから。
原子核の連鎖的反応を用いた、世界を滅ぼしかねない爆弾を。
ダ・ヴィンチのヘリコプターも、バベッジの階差機関も後に実用化した。
そしてついには、原子の火も。ならば、だ。
タイムマシンにしてみても、実現の道理はあるのだろうか。
もっともそれは、今から40年以上後の話だ。
二度の世界大戦に、数多の大陸を荒廃させた核の応酬。
その不吉さを知る必要もなければ、言う必要もない。
――数年以内に 没するはずの人間には。
「――いえ、そこまでのことはないと思います。少なくとも、人が滅びるような事にはなっていません。もっとも、人にとっては僕の存在そのものが不吉でしょうけど」
そうだ、と僕は思い直す。
知っていてどうしようも無いこともあるのだと。
死人に口はない。
死に行くはずの者にも、おそらくは。




