適者
「――まあ座りたまえ」
「そう言う訳には……」
「壊血病の身、立ち続けるのはキツイだろう」
なぜそれを、と寸前まで言いかける。
いや、提督の目からすれば、それなりに見慣れた光景のはずだ。
部下が、あるいは上司同僚が、長きに渡る航海で患うのは。
「君はまだ若い」
そう提督は続ける。
「若いと言うことは、経験に乏しいと言うことでもある――この艦隊と同様に」
言いかけた提督は、僕の腕を目にする。
そこで、少しばかり見落としに気づいたのだろう。
「失礼、君はそうでもないかも知れない。だが、航海の経験に関してはそのはずだ」
「それは否定できませんが」
「丈夫な者は船乗りになれる。そうでない者は、良かれ悪しかれ淘汰される。適者生存、とイングランド人は称しているらしいがね」
そうでもない、心の内で僕は付け加える。
適者生存とは、環境に適応した者と幸運な者が生き延びることだ。
もっともこの説の誕生までは、あと60年は必要なはずなのだけど。
僕が生き延びたのは、能力ゆえだったのだろうか、それとも運だったのだろうか。
……いや、二者択一はそれこそ、よくあった誤解でしかないはずだ。
少なくとも、僕の時代の進化論では。
「ひとまず、椅子に座りたまえ。備え付けが分不相応と言うなら、壁にかけたそれに。いずれにしろ、ここで余計な体力を使うことはない」
「それも経験の内、ですか」
提督は頷き、言葉を続ける。
「何事も蓄積だよ。何気ない蓄積が、我が身を救う命綱になることもある――もっとも、そんな状況など起こらないに越したことはないがね」
「保険、という訳ですね――そのご意見、ひとまず頂いておきます」
そうして僕は壁の方、折りたたみ式の椅子へと右手を伸ばす。




