表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
1904年、北海、ドッガーバンク
260/350

私物

 バルチック艦隊を率いる、提督の私室。


「――失礼します」


 僕は部屋へ入り、後手にドアを閉める。

 ひどく簡素な部屋。

 物がほとんど無い、と言うのが、ひと目見ての感想だった。


 窮屈ギリギリの寝床に、角を丸めた小さな木の机。

 机は椅子ともども、床に固定されている。

 机の上には万年筆と書類が置かれているだけ。

 いつでも夜逃げできる程度には、荷物が盛り沢山だった。

 万が一の大波のことを考えると、艦内ではこうするのが合理的なのだろう。


「ペーパーナイフは引き出しのなかだ、すぐ出そう」


 僕には、手元に置きたい私物が山ほどあった。

 けれど、一乗員の身で私室がある訳でもなければ、信用できるほどの伝手があるでもない。

 と言って一線を引いて置くためには、提督に頼む訳にもいかない。

 結果、手持ちは無沙汰なままだ。

 制服とわずかなメモ帳。今の僕の持ち物は、その程度でしかない。


 何か余裕が生まれれば、それを使いたくなるのが人間というもの。

 けれども提督のこの部屋は、その辺りが違うと思わされる。

 海という不合理に対し、私情を挟まないとの意志。

 それが、部屋の隅々からも察せられた。

 なるほど、伊達に艦隊を率いてはいないのだろう。

 たとえそれが貧乏くじの類――新旧入り交じる、急造部隊の頭であったとしても。


 今の僕は、プライバシーなどおよそ無い、船の一乗組員でしかない。

 ただ窮屈な分だけ、給与はそこそこあるのだけど。


「これだな」


 柄のほうから差し出された薄く鈍い刃物を、僕は若干大げさに、恭しく受け取る。

 自由の利く、右のほうの手で。


「ありがとうございます」


「――で、どうするね。開けるのはいいとして、読むのは? 無論、少しの間ならここを貸しても構わないが」


 船の上での、一時的なプライバシー。

 破格と言っていい申し出だった。


「いえ、それには及びません」


 破格なだけに、おいそれとは受け取れない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ