遊戯
火遊び。
思い出すその言葉に、自然、左手へ力がこもる。
握りしめたつもりの掌は、特に何か変わるでもない。
そんな力は、とうの昔に失っていた。
流行り病に身を晒すと決め、我が身を高熱が通り過ぎたあのときに。
あのときの僕も、あるいは火遊びをしていたのだろうか。
「――どうかしたかね?」
きっと、むずかしい顔をしていたのだろう。
考え込んでいると、どうにも険しい顔になる。
長年のこの癖を、僕はなかなか直せないでいる。
「いえ……いろいろ、むずかしいなと思いましてね」
その先は言わなかった。また、その必要もない。
問われもしないことをわざわざ話すのは、余程やましいものを抱えた人間だけだ。
第一、提督が涙もろいだけの人物であれば、僕は気に入ってなどいないだろう。
「この上その手紙を開ければ、余計ややこしいことになりそうです」
「これ以上にややこしく、かね?」
提督の不敵な笑みを、僕はかわすことにする。
「……いや、ややこしい、てのは少し違いますね」
「ふむ?」
「結局、この場で問われているのは一個だけです――その手紙を開くかどうかだ。後はおまけでしかない」
この場での選択肢は少ない。
問題はだから、決断の話でしかない。
開けて読むか、それとも他愛のない茶飲み話に移るのか。
ふたつにひとつだ。
……そこでようやく、僕は気づく。
もう既に、戻れない地点に足を踏み入れていたことに。
帰還不能点。そんな単語が脳裏に浮かぶ。
もっとも、これは航空業界用語、つまりまだ存在しないはずの単語なのだけど。
それでも、追い込まれた気はまるでしなかった。
僕にしてみれば、心躍るしかないのだから。
僕の決断が、なにがしかを左右するであろう状況。
――いわば“大がかり、世界をあげての悪ふざけ”。
 




