模索
こちらにだけ利得の生じる提案。
そのことを、提案者は確実に把握している。
そこに無自覚なほど、楽な相手でもない。
ならば、その意とは何だろう。
「……降参です」
軽く笑いながら、僕は言う。
少し悔しくはあるけど、表には出さなかった。
理屈ではない、ただの意地の問題。
「――条件をお聞かせ下さい」
分からないなら、聞けばいい。
それも、できるだけ直截に。
「と言うと?」
「こちらがほとんど一方的に得をすることを持ちかけていて、かつ提督は明らかにそう知っている。ならば今まだ切られていない手札、何がしかとの引き換えと考えるのが自然でしょう。それが何なのか、僕は知っておきたい」
「ふむ」
提督は顎に右手をあてる。
その右手が、今度は胸の内に伸ばされる。
「――手紙を預かっていてね」
目の前に取り出されたのは、封書。
テーブルに置かれたそれは、何の変哲もない。
と言うより、宛名さえ書かれてはいない。
使われている純白の紙から、わずかに書き手の境遇を察せるだけだ。
「こいつを、君に読んでもらわないといけない」
「さほど長いものとも思えませんが」
見る限り、封書は普通の厚さでしかない。
入念に読んだとして、そう時間をとるでもないだろう。
「あるいは、続きの大長編でも?」
「それは無いな。そうでないことは、間違いなく約束しよう」
となると、だ。
あとは、どんな可能性があるだろう。
長くはないが、読ませないとならない類の手紙。
ひとつ、内容がろくでもない可能性。
ひとつ、差出人がろくでもない可能性。
特に差出人は難題だ。
提督が帝政ロシアの提督である以上、ほとんどあらゆる可能性が考えられる。
――面白い。あらためて、僕は思う。
だが面白過ぎるとなると、話は少し変わってくる。
火遊びの面白さには、危険もまたつきものだ。




