提督
「君がよければ、だが」
口ひげを立派にたくわえた、禿頭の軍人。
当年とって、もうすぐ56歳になるはずだった。
ジノヴィー・ペトロヴィッチ・クリスマス。
バルチック艦隊こと第二太平洋艦隊提督、その人だ。
名前の長さもあって、下士官はいつも提督と呼んでいる。
僕もまた、それに呼称を合わせている。
たとえばジノヴィーなどと、馴れ馴れしく呼ぶ訳にはいくまい。
「見たところ、君の食事はもう片付きそうだ」
僕はもう、コップにあと少しの水を残すだけだ。
一方の、提督はどうか。
紅茶ひとつにパン一皿を置き、僕の返事を待っている。
つまるところ、今まさに小休止と言ったところ。
あとの返事は僕次第と言う訳だ。
「ええ、その通りです」
頷き、僕は答える。
「見たまま、僕の隣、今は空いてますよ――石炭がちょっと、居座ってはいますがね」
急ぎの航海だ、船は石炭を山盛り積んでいる。
石炭は石炭であって、そこから発生し散らばるススはいかんともしがたい。
何度か拭ってみたところで、そこで終わるものでもないのだ。
結局、あちこちは煤けたままでいる。
羽根を伸ばす間もない航海に、黒く薄汚れた船内。
これでは、船員の気分が上がろうはずもない。
「お望みでしたら、どうぞ」
「――では、失礼」
言って提督は、目線で料理長に退出を促す。
料理長にしても、ここで逆らう理由は特に無い。
ほどなく、広くはない食堂に二人だけが残される。
帝国海軍提督と、僕、見習い革命家とが。
「――話と言うのは、だ」




