人材
帝政ロシアの人材。
義務的な食事に手をつけながら、僕は考える。
――まず、誰はともあれ彼女がいる。
人材の範疇に収まるかどうかはともかく、ひとかどの人物なのは文句がないところだ。
明晰と、時に鋭過ぎる洞察。
血筋こそないものの、能力は申し分ない。
「……まずい」
乾パンのすえた匂いをこらえつつ、僕は水に手を伸ばす。
潤いの欠片もない、いかにも生命維持と言った行為。
もっとも、流し込んでもしばらく、妙な味は残るのだけど。
――ふたたび、僕は思考へと沈む。
血筋。
平時にあっては大きな障壁も、今のロシアではそう問題じゃない。
それなりの値をつければ、売る者はいくらでも現れる。
それが混迷の時期、過渡期のならいと言うものだ。
その後に来るであろう影口程度、単に実績で黙らせればいいだけだ。
影口は影口でしかなく、実績に勝ることなどありはしない。
心のなかで、僕はもう二人を数え上げる。
歴戦の軍人、アレクセイ・クロパトキン。
老練の宰相、セルゲイ・ヴィッテ。
彼女がこの辺りと現場をつなぐようであれば、僕の方の勝ち目は薄い。
事前に日本の軍事力を見抜いたクロパトキンに、戦後の交渉を有利に進めたヴィッテ。
少なくともまだ、主な首脳部の目は曇ってなどいないからだ。
こうして考えると、ロシアも悪いものではない……ひとり、頭の問題を除くならば。
頭。すなわち、皇帝。
帝政ロシア、その最後となるはずの。
挙げたヴィッテにしても、今はまだ謹慎を命じられているはずだった。
干し肉を残りの水で飲み込み、さらに考えを巡らせる。
当艦隊の航海が前途多難なのは疑いようがない。
新旧交えた船に、練度の足りない兵士たち。
それでも、僕のいる現場は、指導層はそう悪くないのだ。
この船にしても――
「――隣、空いてるかね」
「提督」




