壊血病・その2
もちろん今の今まで、僕が壊血病にかかったことなど無い。
まともに食事をとっていたなら、ビタミンC不足は稀だからだ。
どうしても食事が偏るなら、マルチビタミンのサプリメントでもいい。
ほとんどのビタミンサプリは寿命を縮めるだけだが、摂取量が不足しているならその限りではない。
では、急ぎの航海中である現状はどうか。
生鮮野菜、なし。
果物、なし。
ビタミンサプリ、そもそも存在していない。
艦隊は日本海への急行が最優先であり、以外の余裕を持ち合わせてなどいない。
何しろ、この最新鋭の船たちの燃料は、まだ石炭なのだから。
最新の情報入手と言えば、寄港地の新聞と風聞。
救いがあるとすれば、あとほんの数日で補給が受けられることだろうか。
後学のために、僕の壊血病の症状に触れておこう。
航海の始まりから数ヶ月、これが徐々に進行していくと見ていい。
まず歯茎が鈍く痛み、あちこちに口内炎ができる。
怪我は妙に治りが遅く、内出血のあざはいつまでも引かない。
なるほど、日常生活では知らず内出血しているのだと、妙に納得しもする。
不治の病でこそ無いが、血が固まらない点では壊血病も血友病も似たようなものなのだろう。
あまり表に出さないよう心がけては要るが、かなり参っているのが本音ではある。
果実をとれば快癒するかも知れないが、それは即座に諦めた。
保存の問題だけではない、何より、僕が新入りだからだ。
何かしら妙な行動をとる新人が、いつまでも健康でいる。
これで、僕の行動を真似されてはかなわない。
この流行を押さえ込むことは、歴史の改変にほかならないからだ。
別に病に限らない、追い込まれた者はなんでもする。
それでどうやら効果がありそうとなれば、なおのことだ。
艦隊での食材導入には理屈が必要だが、他人の真似事は個人の財布が出処。
つまるところ、「果物」「生鮮野菜」にはかなり融通が利いてしまう。
僕としても、あまり大量にとる訳には行かない。
たかが迷信、と言うは容易い。
しかし、今それをあざ笑ってみたところで、迷信がなくなる訳でもない。
なぜなら――後の時代から見れば――あらゆる時代は迷信の巣窟なのだから。
きつく言うなら、「救いを与える」詐欺師と、藁にすがる溺者を思い出すといい。
いつの世も絶えぬこと、ただそれだけのことだ。
迷信をなくすには、人々に余裕をもたせるほか無い。
精神的にも身体的にもそうだ。
持たされた余裕は、見えないところで成果を生む。
その余裕をもたすのは。
戦争に必要なものは何か。
それも、まともに勝ちに行くのなら。
今の僕は、当たり前にこう考える。
一にも二にも、それは 金 なのだと。




