特等室内
「まずは」
腰掛けようとし、座るべき椅子がないことに気付く。
左右を見渡し、僕は椅子を探す。
より正確には、その振りをしてみせる。
狭い調理場だ、椅子を置いていないこと自体は珍しくもない。
そのことは入ったときに確認済みだ。
今はただ、短く時間を使えればそれでいい。
「――このままでいいかな?」
「私としては、早いほうが助かるがね」
「了解、貸しにしとくよ」
焦らすには、あまり火を強くし過ぎないのがコツだ。
じっくりと、焦らず火加減を見極めること。
玉ネギのみじん切りだって、黒コゲにしたら台無しでしかない。
「要は、君が知りすぎてただけのこと」
「それは先程聞いた気もするが」
「それじゃあ、今からがその先だ」
程良いアメ色と、黒コゲの境目。
その見極めは、いつもいつも緊張する。
玉ネギでも人でも、それは同じこと。
「確信のし過ぎだよ」
言い換えであることを自覚しながら、僕。
「別に、なにがしかに備えてあるのは不思議じゃない。でも、それは今日とは限らない」
わずかに、男の片眉が動く。
眉毛半分ほどが、おそらくは無意識に。
「――続けてもらおう」
「口調、それでいいのかな?」
もう取り繕う必要はないのか、との意味だ。
「こっちが素面でね。演技する間も惜しいのが正直なところだ」
「革命家の素、てところかな?」
肯定も否定もない。
まさにそれこそが、何より雄弁な肯定。
「――まあ、いいよ。続けていいかな?」
「無論」
「つまり、だよ。仮に何かあっても、今日の別の場でやり直すとは限らない。――考えてみれば、おかしな話だ。だってそうだろう、大口と言えばこれほど大口の雇い主はない。こちらの都合を考える道理はないはずだ。公平を重んじるなら、同じ会場の別の日取りでもいい」
「……」
「なら、なぜ今日この場が存在するのか」
じっくり焦らしながら、僕は結論を述べる。
「少なくとも、調理師隊にはそこまで予算がないんだ。その内情を知るからこそ、君はああ打って出た」
今一度、男を見る。
肯定も否定も、素振りはない。




