別室送り
「――それじゃあ、1時間後にまた来るわ。でも、何かあったら遠慮無くね?」
「ああ、こりゃどうも」
男と女のやり取りは、簡潔なものだ。
別室はすぐそこだった。
大通り裏、こぢんまりとした場末の食堂。
さして広くもないそのキッチンが、僕たちの新たな会場だった。
果たして、さきほどまでの環境は望むべくもない。
本当に予備のため、と言った感じの場所。
何も気にしないという風に男、ノビコフは答えている。
食堂の管理者、つまりは女主人と思しき者も慣れたものだ。
その余裕がまた、余計に腹立たしい。
「じゃあね」
「ええ、ではまた」
立て付けのきしむ音とともに、キッチン裏のドアが閉まる。
特に何を言われるでもない。
分かり切ったことはひとつ。
試験の再スタート、と言う訳だ。
「さて、と」
言った男の機先を制し、僕は言う。
「――僕としては」
一呼吸置き、切り出す。
「別に課題は未提出でもいいのだけど」
自暴自棄になった訳ではない。
それなりの目算があってのことだ。
「――それは困るな」
「僕は困らない」
「私は困る」
「なら、そちらから話してくれるかな?」
「何を」
「意図」
ふむ、と思案するように、男。
「どの程度か、にもよるな」
「時間はいくらかかってもいい」
これはハッタリだ。
試験のことを考えるなら簡潔な方がいい。
けれどもそれは、未提出でもいいとの発言と矛盾する。
そこそこ以上の者なら、あっと言う間に見抜くだろう。
もしこの男の目的が様相通りなら、否応なく簡潔になる。
いや、そうならざるを得ない。
「僕としては、だけど」
「なら、種明かし程度は教えてくれないか?」
少しだけ、男は構えを解いてみせる。
僕もまた、解く振りを取る。
「仔細」
一度、僕は言う。
「君は詳しすぎる。それで分かったんだ」
「ん、と言うと?」
「ちゃんと話すよ。今は落ち着いて欲しいな」
ゆるり、先を急ぐことはないという風に。




