妥協提案
「別室」
またしても、男は言う。
「何かあったときの為にも、別の会場、おさえてるだろ。俺たちはそこでいい。これなら、揉めずに面倒がなくていい。試験も無事に続けられる。そうだろ?」
――詭弁だ、そう僕は思う。
揉め事は既に起こってしまっている。
これはだから、純粋な要求に過ぎない。
僕たち二人に、特別な待遇を求める旨の。
まったくもって、公平どころじゃない話だ。
ただし、だ。
審査員は果たして、このすり替えに気付くだろうか。
おそらくは、仕事を無難にこなそうと考えるであろう審査員が。
「そちらとしても、時間が惜しいだろ。全くもって公平な取り引き、こいつは別に、迷うところじゃない」
『ですが……』
「こいつらも、どこで口外する訳じゃない、だろ?」
男はゆるり、会場を見渡す。
調理中である、参加者の方を。
視線が合わさるたび、他の参加者たちは視線を逸らす。
――なるほど、と僕は思う。
料理人は口が堅くなければ話にならない。
たとえば、いつ誰が来るか。
あるいは、ふらりと誰かが来るたびに。
その一々を言いふらすようでは、まったく雇えたものではない。
つまるところ、男は念を押しているのだ。
――お前たちは、この場のことをしゃべらないよな?
これはほとんど、無言の圧力に等しい。
無論、ここで落選した調理師たちは、酒の肴にでも話すのかも知れない。
おかしな参加者もいた、とでも。
けれども、恐らくはその程度。
噂話はせいぜい、海軍調理師隊の目の届かない範囲に留まるはずだ。
目の前の審査員は、何を問われるでもない。
『……分かりました』
ため息混じりに、審査員。
妥協かはたまた投了か。
ともあれ、この場で男は勝ち得た訳だ。
試験に関しての、特別な待遇を。




