よそびと
このとき、ようやく僕は、忘れていたことを思い出す。
「――僕はユーリ、です。ユーリ・アリルーエフ」
――よろしく。
そう言いかけて、ロシア語に存在しない言い回しだったと気付く。
よそ人でしかない己を、否応なく味わった気分。
仕方なしに、僕は言葉を代用する。
「……初めまして」
「こちらこそ、ユーリさん」
人懐こい笑顔が覗ける。
おそらくは、悪い人間ではないのだろう。
ただ少しばかり、相手の事情に無頓着なだけで。
もしかしたら、何かのときには長所になるのかも知れないけど。
「アレクセイ。アレクセイ・ノヴィコフ」
手を差し出しながらの、その名前。
かすかに、記憶が引っかかる気がした。
確かに覚えがある、なのに思い出せない。
胸に困惑をしまいながら、僕は応える。
「先程は助かりました。助けついでに、僕を目の前の試験に集中させてはくれませんか?」
「ふむ」
手を下あごに当てての思案顔。
――せいぜい数秒の仕草、気に障るほどのことじゃない。
そう僕は自分に言い聞かせる。
「そうだね、お望み通りそうしたいのは山々だけど、でも僕は手持ち無沙汰だ。うん、君の提出メニューを教えてくれたら、てのはどうだ?」
「む……」
今度は、僕が思案する番だった。
提出するつもりの二皿。
試験を戦場とするなら、レシピは弾薬だ。
兵士の持ち物にして、武器の裏付けとなる物。
「――いや、いくら何でも、暇つぶしにそこまではつき合えませんんね」
戦場で敵に、手の内を申告する正直者などいない。
いるとしたら愚者か間者か、あるいはその両方かでしかない。
不自由な方の左腕を差し出し、後を続ける。
「この通り、僕にはハンディがありましてね。普通の人に真似されちゃ、どうにもならない」
ノヴィコフと名乗るこの男が、普通に場数をこなした調理人ならば。




