“肩書き”
「それなら電話、こちらで切っておくわ。そちらこそ、他に何か言うことないの?」
正直に言えば、話したいことは有り余るほどある。
ロシアの今に、これからの事。僕らの関係。
けれどもそれは、後々じっくり話せばいいことだ。
根拠のないそんな確信を、このとき僕は抱いていた。
「無い、かな」
だから、僕は言葉を口にする。
最小限、彼女には伝わるように。
「少なくとも今は、ね」
「――ねえ、ユーリ」
「何?」
「今はこれで最後にするけど――本当に、転職する気なの」
「うん」
自分でも驚くほど、迷いのない答え。
あるいは気付かない内に、吹っ切れでもしたのだろうか。
あえて混ぜ返す風に、僕は言う。
「流刑された身じゃ正規ルートの出世はむずかしいだろうとか、復帰しても君の邪魔になるかもとか……他にも、言い訳ならいろいろあるけど」
「ならそれ以上は不要よ。説得の余地は無し、ね」
溜息混じりに、彼女。
「革命家の誕生、て訳ね」
「自称でよければ、今日からそうなのかな」
20世紀初頭、皇帝の治める地・ロシア。
わざわざ正直に、私は反政府分子です、と名乗って回る者はいない。
僕にしても、そこまでシベリアが好きな訳じゃない。
凍土氷原で木を数える趣味は、僕にはない。
「――まあ、何か資格があるでもないけどね」
それに、と僕は思う。
成功した革命家は、もはや革命家ではない。
恐怖分子、民衆の敵。
あるいは、さらに成功したならば。
「気が向いたら」
一拍だけ置き、僕は言う。
「その内、政治家にでもなるよ」
電話から切れる音はしなかった。
伝わるのは静けさだけ。
ただ自分の吐息のみが響く、誰のものでもない音。
(第一部完、第二部へ続く)




