放蕩
「――なら、こう言うのはどうかな?」
「続けて」
「まず大勢から血をとる所で、何らかの噂は避けられない。ましてやその血を他人にだなんて、ほとんど中世まがいのこと。それならもっとマシで、それより納得し易い看板にすればいい」
少なくとも、黒魔術よりはましな噂を。
「たとえば、あまりお上品でない会合とかね。まだまともだし、分からなくもない。――ああ、そうだ。ひとつ言っておかないといけないな」
「何?」
「血は、できるだけ清らかな人間からとって欲しい」
赤い液体は、人に必要な臓器であると同時、微生物の巣窟でもある。
梅毒にしろB・C型肝炎にしろ、血液感染する病気を数えればきりがない。
もし皇太子が長生きするのなら、それらに悩まされない方がいい。
後世では肝炎ワクチンひとつで予防が、と言ってみてもしょうがないことだ。
ウィルスを見分けられる電子顕微鏡の発明は、今から30年ほど後の話。
運用のための潤沢かつ安定した電力網もまた、まだこれからの事。
今はまだ、血液感染の予防は夢物語でしかない。
けれども感染症を恐れ輸血を行わないのは、明確に優先順位が違う。
継続的感染による症状が現れる年齢まで、そのまま生き延びるとは限らないのだから。
食当たりを気にして飢え死にするようなものだ。
けれども、ある程度の予算をとれるのなら、予防もまた選択肢に入り得る。
「清らかな血、ね。それはお呪い? それとも根拠のあること?」
「噂話にも、本当のことがあるってこと。アレクセイ君の病気、防げるものなら防ぐにこした事はないからね」
その名を口にして、僕は気付く。
彼女とほぼ同時に。
「――アレクセイ、て名前なのね?」
少なくとも、僕のいた時代ではそうだった。
若くして亡くなる悲劇の皇太子。
その名の方を否定する意味は、ひとまず無い。
「うん、そうだね」
「名前、候補として伝えておくわ。私の方は――せいぜい、放蕩を尽くしておきましょう」




