五里霧中
完璧な洞察。そのことはおよそ間違いない。
感嘆と同時に、僕は懸念を覚えていた。
人心を率いるに足るカリスマ。
あまりに深い洞察と、結論に至る速さ。
この広いロシアにあっても、間違いなく逸材だ。
このままロシアの中枢を駆け上がるであろうことは、ほとんど想像に難くない。
彼女はとても頼もしい。
こう改めて言うのもはばかれる程だ。
――今後も味方のままならば。
「褒められる、てことは。私の予想、当たってるのね?」
「う、うん……おおむね、そうだね」
もし、道が分かれることがあるならば。
その想像を、このときの僕は押しとどめかねていた。
勝てるかとまでは言わない。
果たして、抗うことが出来るのだろうか。
ケタ外れの、才の塊のような彼女に。
そのとき僕は、僕のままでいられるのだろうか。
気付くと、空いている左手を握りしめていた。
病を負い、弱々しくなった手のひらを。
全力を出したつもりの握力に、僕はどうにも、認めざるを得ない。
たとえ腕力であってさえも、おそらくは敵わないことを。
――今は仲間なはず。
――ただそれだけで十分過ぎる。
そう思っていたはずなのに、どうしても割り切ることができない。
一度芽生えた懸念は、消えることがない。
欲するものにせよ心配事にせよ、気にすればするほど頭を離れなくなる。
ただそれだけのことだ、そんなことは無論分かっている。
それでも。
そこまで分かっていてなお、僕はその可能性を打ち消せないでいた。
「ユーリ……?」
「――ああ、ごめん、少し考え事してたよ」
――どうすれば、君の存在が不安じゃなくなるのかを。
その言葉だけは、からうじて飲み込んだ。
わずかに考えた末に、僕は切り出す。
「ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「何?」
「別れようと思うんだ……つまり、その、僕たち二人の話」
勇気からか、それとも臆病からかは分からないけれど。




