次点
「それは……」
僕は言葉を濁す。濁さざるを得ない。
膨れあがる犠牲者と、戦費に足るだけの見返り。
元手が返って来るかというと、どうにも厳しい。
――こう考える僅かな間だけで、彼女は察したことだろう。
「……いやそもそも、勝つ気なの?」
あくまで、僕のいた世界では、だ。
ロシアは日本海で敗れ、以後、崩壊の一途をたどった。
その道行き、崩壊までの猶予は、もう十数年しかない。
今のままではたぶん、開戦を阻止することは適わない。
宮廷での彼女はまだ新参者であり、シベリアで刑期明けを待つ僕はただの流刑囚でしかない。――ならば、考えを変えることはあり得る。
厭戦と敗戦。
賠償金こそ避けられたものの、領土割譲と重い戦費負担。
皇帝の威信低下と、そして。
戦争自体はおそらく防げない。
けれども次点の可能性を考えるならば、なるほど、理解できなくもない。
「このままなら、その第零次は負けるのね」
ようやく僕は、少し話し過ぎたことに気付く。
――いや、違う。
それにしては彼女が、どうにも平静過ぎる。
「どうしてそう思うのかな? いや、僕の方の発言は置いておいて、だけど」
「同盟」
そう短く、彼女は答える。
「去年の1月、日本と英国が同盟を結んだでしょ。もちろん、ロシアに大した意味はない。少なくとも今はそう思われてる。皇帝にしても、同盟より英国との親戚関係が優先するとでも考えてる。――そうとでも考えないと、説明がつかない」
古い考えだった。
ひどく常識的で、どうしようもなく甘い見通し。
日清戦争後の三国干渉と、相次ぐ大国の清への侵略。
そんななかでのロシアの進出は、日本と、もちろん英国ともぶつかる。
ぶつからざるを得ない。
その機微を上手く察することができない。
それが今の、ロシア中枢なのか。
「もし、日本と海戦をするなら、当然海を通るでしょ。日本までほぼ地球を半周。その間に一切、英国の妨害がないとは考えにくい。あの同盟はだから、こちらにとって最悪に近い――もし日本とぶつかるなら、だけど」
完璧な推測。
もし僕が試験官なら、素晴らしいとしか評価のつけようがない。
感嘆を胸にしまい、僕は答える。
「素晴らしい」
 




