信頼
――どう思う?
その言葉に思わず、僕は怯む。
怯まざるを得ない。
相手の意志を、こちらが半ば左右する感触。
あるいはこれが、支配の味なのだろうか。
ひんやりとした、サワークリームにも似た。
今までほとんど見せたことのない、彼女の迷い。
たぶんそれは、もっともな話でしかない。
想像することがむずかしい、何千万人の行く末だけではなく。
目に見える範囲、ほとんどすべての人の将来を、迂闊に左右することは出来ない。
――どう思う?
その一言はつまり、そう言うこと。
独り、彼女だけが迷うことではないはずだ。
それでも、と僕は思う。
わがままにも、こうも。
決して迷わないで欲しかったと。
常に毅然としていて欲しかったと。
ジョゼファだけは、特別でいて欲しかった。
おそらくは僕にだけ見せた迷い。
あるいはこれを、信頼と言ってもいいのだろうか。
そうとも言えるのかも知れない。
ただそれだけなら、ひどくうれしいことだ。
――こんな局面でさえなければ。
右手の受話器を握り直し、僕は言葉を探る。
「……むずかしいね」
はれ物にでも触るように、おそるおそる、ゆっくりと。
「僕が知っていることと言ったら、僕のいたところでの歴史だけだ。それも過去の代物。直接いた訳でも、心底知り尽くしているでもない。そんな知識ひとつでどうこうしようなんて、そこまで自惚れてはいないつもりだけど」
「――予断を与えるかも知れないから、明言はできない、てこと?」
「うん、そうとって貰っても構わない」
何気ないはずの言葉選びが、今はひどくむずかしい。
「君の判断力を、今はなるべく減じたくないんだ。なにしろ、いろいろと賭かってるからね」
これから起こるであろう諸々を、今はしまい込んでおきたかった。
恐怖でもでもない、何か大きなものと対峙している感覚。
「……責任重大ね」
「そうだね。もし、失敗したなら――あまり愉快なことにはならないかな。いや、このままなら、と言うべきかな。そのときは――」
「何が始まるの?」
手短に、僕は答える。
「第零次世界大戦」




