平時
「上手く行っている、ね――そうだと良いんだけど」
珍しく、彼女は言葉を濁す。
これはつまり、聞かれたら答えると言うことだ。
「何が上手く行ってないのかな?」
名付け親の話から、皇帝一家との関係は良好と分かる。
ならば問題は、その他の部分ということになる。
「簡潔に言ってもいい?」
「もちろん」
「――末期ね」
ぽつりと、彼女はつぶやく。
「表向きはともかく、体制は疲れ果ててる。うん、決して悪い人たちじゃない。性質も能力も及第点。――でもそれは、平時ならの話」
淡々と、辛辣な内容が語られていく。その指摘は、ほぼ僕のそれに近い。
平時の運営と動乱期のそれは、必然、異なるものにならざるを得ない。
よくも悪くも、と僕は思う。
今のロシアは、平時なのだ。
少なくとも、平時と思いこもうとしている。
「甘いどころの話じゃないわ、現実から目をそらしてるとしか思えない」
……そもそも、だ。反政府組織とつながりっている疑いのある人物――つまりは僕――を、大して見張りもせず放置するものだろうか。
もちろん僕たちは、裏で手を回しはした。
けれども、一方でこうも思う。
流刑地の人道的な処置は、かなり甘くはないだろうか、と。
僕ならどうするだろう。
少なくとも、革命家崩れを放置するような真似はしないはずだ。
流刑囚同士の接触を許して、なおも平気でいるような真似は。
……僕なら。
浮かんだその考えを、僕は心の奥に沈み込める。
「――辛口だね」
やっと出た言葉を、僕は伝える。
「その甘すぎるところを変えていかないと、話しにならないんだろうけど……」
僕のいた世界ではもちろん、その試みは失敗した。
極東、辺境の小国との敗戦。第一次世界大戦への参戦。
皇太子の不治の病と、それに付け込み権勢を振るった怪僧。
結果、王家の血統は断絶に至る。
一家だけの話ではない。
直系の人々もまた、例外ではなかった。
僕の記憶が確かなら。
あの血族ではほぼ同時期、7割方が死んだはずだ。
大人も子供も、老人でさえも。
ただひたすら、平等に。




