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魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
1903年、シベリア、イルクーツク 12月
201/350

名付け親

「久しぶりね、ユーリ。聞こえてる?」


 手にした受話器の向こうから、女性の声が聞こえる。

 僕は送話器に向かって、心持ち大きく声を出す。


「聞こえてるよ、ジョゼファ」


 ひとまず、彼女は元気そうだった。

 かすみがかった音と不釣り合いな料金。

 市庁舎に、つまり南シベリアに開通したばかりの電話は、つまるところ贅沢品だ。

 そんな代物であっても、6000㎞ほど先――首都ペテルブルグの様子を伝えるには足りる。


「久しぶり。元気みたいだね」


「そっちもね。ああ、そうそう、子供が出来たみたい。名前、考えておいてね」


 なるほど、と僕は思う。

 赤子にはまだ名前がない。

 だから必然、名付けを行う者、名付け親が必要だ。

 名付け――()


「ええっと……子供って、人間の?」


 一瞬の、何を言っているのかという沈黙。

 こんな電話でも、その機微まで伝わるものなのか。

 あるいはそれとも、ともに過ごした年月の賜物だろうか。


「犬や猫なら勝手につけるでしょ」


 確かに、その通りだ。

 僕は思い返す。

 覚え(・・)はあるものの、時期からはだいぶ外れる。

 ――となると。


 複雑ではあるけれど……いや、彼女が決めたことなのだ。

 流刑中の僕はあるけど、何かしら、力になりたいと思う。


「まずは、おめでとう。ええっと、その、言いにくいならいいのだけど……父親は?」


「……? 何を分かり切った――ああ」


 今度は、得たりという風に間が空く。


「父親は皇帝陛下よ――母親は、その妻」


 もちろん、皇后が変わったとの話は聞かない。

 そんなことがあれば、いかに南シベリアのイルクーツクと言えども伝わって来る。


「じゃあその、母親は……皇后陛下?」


「ええ」


「……なるほど」


 確かに彼女は、私の(・・)とは一語も言っていない。

 追い打ちをかけるように、彼女は訊ねてくる。


「残念だった?」


「……ちょっとだけ、ね」


 互いに身寄りのない間柄の、もう一人の身内。

 それは決して、悪くないことのように思われた。

 ――僕らが暮らすロシアが、この先も平穏であるならば。


「まあ、そちらは上手くいってるみたいだね、それも何よりだよ」


 帝国の世継ぎになるかも知れない、子供の名前。

 たとえ候補を挙げるだけとしても、近しい間柄での話題には違いない。

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