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のこり
残りわずかの紅茶を飲み干し、老人は言う。
「では、そろそろお暇するとしましょうか」
「――もう、ですか?」
その言葉とは裏腹に。
僕の声に、どことなくほっとした色は出ていたかも知れない。
「少ないとは言え、まだ残り時間はありますからな。いや、そう警戒なさらず。この歳になっても、友人を失いたくはないのです」
残り時間。
老人の寿命だろうか。
これからのロシアのことだろうか。
あるいはそれとも、そのどちらともか。
「分かりました。――外は晴れそうですね、足下にお気を付けて」
その言葉にわずかに、老人が笑う。
「やはり、暖かいところに親しんだ方、ですな。この地の冬では、凍ったままです」
「ああ、なるほど。確かに凍ったままなら、ですね」
その事実を、僕が知らなかった訳ではない。
ただ言葉の隅々まで、この地での暮らしが浸透していないだけだ。
「仰る通り。――では、また」
「ええ……では」




