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面倒事
やや怪訝そうに、老人は答える。
「火花、と言ったはずです。もっとも、誌名が変わっていなければ、の話ですな」
「……なるほど。ありがとうございます」
ようやく、納得がいった。何に?
サンクトペテルブルグで、警官がしきりに言っていた言葉に。
つまるところあれは、軽い探りだった訳だ。
――もっとも、探られても知らないことに答えようはないのだけど。
首都で僕が答えたものはだから、官憲と僕との妥協の産物でしかない。
無用な苦痛を可能な限り避けたい僕。
面倒な取り調べを軽減したい官憲。
逮捕自体は冤罪だけど、取り引きとしては筋が通る。
20世紀初頭。
この時代の取り調べに公平を期待するほど、僕はもう青くない。
「……首都でいろいろと調べられましてね、そのハッタリの中に、火花との言葉がありました。知らないものは知らないのですが」
「それであなたは、何と?」
少しだけ笑い、僕は答える。
「もちろん、自白しましたよ。無意味な意地を張る趣味は、僕にはないですから」
老人もまた、少しだけ笑う。




