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良き者
どうしようもなく、解きようのない誤解。
苦しまぎれに僕は、ひとつの質問を思いつく。
「――いや、僕のことはもういいでしょう。今度はこちらの番だ、そうですね?」
「左様ですな、ご随意に」
一息だけつき、僕は投げかける。
「その質問を、いや試問を、あなたは何人にしてきたのですか?」
顔の端を少しだけ歪め、老人は笑った。
その様相に、僕は火種を垣間見た。
手段を選ばない者の気配を。
そして――それきりだ。
正確に答えるつもりはないが、誤魔化すつもりもない。
老人は確かに、約束を守っているのだろう。
「……なるほど、分かりました」
「あなたを特別に見込んでいるのは本当ですよ。ロシアで良き者は、素質ある者はみな流刑に遭って来ました。ドストエフスキー然り、ラジーシチェフ然り」
「――ラジーシチェフ?」
聞き覚えはあるが、よく思い出せない名前だ。
並べると言うことは、それなりに有名な名前なのだろう。
少なくとも、老人にとっては。




