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候補者
「――やはり」
老人の“我が意を得たり”とする表情で。
思い違いと見た部分が、反応を引き出してしまったと知る。
「生死をかける判断に一瞬の躊躇もない、素晴らしいことです」
これは誤解、全くもって誤解でしかない。
あくまで僕のいた時代では、胃潰瘍が大したことのない病気と言うだけだ。
けれども今、老人にとっては話が違う。
20世紀初頭。
麻酔が発明されて日は浅く、手術そのものの歴史は浅い。
血液型はいまだ発見されておらず、必然、いざというときの輸血もままならない。
抗生物質の発見は、恐らく30年は後だろう。
手術のむずかしさは、決してロシアだけの話ではない。
夏目漱石が胃潰瘍に倒れ没するのは、今から14年後のはずだ。
「それは……」
生死を分ける病での、生死をかけた判断。
もちろん、今の僕に完璧な手術ができるでもない。
ましてや僕の出自を明かせる訳もない。
端的に言うなら、僕にこの誤解を解く方法は、ない。
――これはつまり、おそらく見込まれてしまったと言うことだ。
ただ者と済まされることがない、れっきとした革命家候補として。




