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たとえ
「ひとつ、たとえ話の問答をいたしましょう」
「……それは、1対1の内ですか」
「私は構いませんな。もしユーリさんが望むのでしたら、ですが」
どうにも引っかかる言い回しだ。
これがあるいは、勧誘の手口なのだろうか。
ともあれ、引っかかっているだけでは話が進まない。
うなずき、僕は先を促す。
「あなたが医者であるとしましょう」
「僕はただの流刑囚ですよ」
「たとえ話、です。あなたの考える常識の範囲で、率直に答えて頂ければよろしい」
「――続きを」
「あなたが医者であるとします。目の前に胃潰瘍を患っている人がいる。今のところ自覚症状はない、けれどあなたにとって、腹を開き処置しないことには致命的になるのは明らかだ――あなたなら、どうします?」
「無論、切りますよ」
胃潰瘍なんか、早めに手術すればいいだけのことだ。
「迷う必要なんか、どこにもないでしょう」
常識的に間髪入れず答えた後で、僕はその思い違いに気付く。
僕と老人との間の、100年以上に及ぶ常識の違いに。




