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一対一
「――では、そちらからどうぞ、お訊き下さいますか」
老人のその言葉が、僕を現世に引き戻す。
若干の失望と、己の気まぐれへの苛立ち。
両方をともに押し隠し、僕は考える。
……どうしたものだろう。
ほんのわずか前、僕は何かを聞こうとしていた。
少なくとも、その気で居たのは確かだ。
でも不意に、そんな事がどうでもよくなってしまった。
そんな事、と言えてしまう程度には。
こうした状況での質問は、ほとんど消化試合に等しい。
「ええっと、その」
つぶやいてはみるものの、どうにも答えは出ない。
――出ないものは仕方がない、僕は素直に口にする。
「その、よろしければ僕の方を後にして頂けませんか」
「ほう?」
「つまり、少し考え直したんです。一点聞くことを考えるの、やはりむずかしいことです」
これは半分だけ本当だ。
ひとつだけとも、何でもとも言っていない。
誓ったのはただ、偽証しないと言うことだけだ。
僕が聞きたいことは失せてしまった。
ならば、僕も老人もひとつずつの方がいい。
「――ふむ」




