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お菓子
「――どうされましたかな?」
老革命家のその言葉に、僕は現実に戻る。
「――済みません、セルゲイさん。ちょっとめまいが」
嘘ではない。
とめどない思考は、めまいにも似る。
「――でも、もう大丈夫です。お互い、話しもありますし、ね……おっと、その前に、お菓子を持ってきてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございます。では、いったん失礼します」
言って、僕は台所に向かった。
紅茶は、テーブル上のポットに十分ある。
特に冷め切っている訳でもない。
……となると。
何はともあれお菓子を、そして紅茶用に追加のジャムを取って来るとしよう。
「まだあったかな……?」
ジャム瓶のストックはたくさんある。
問題はだから、紅茶に添える焼き菓子の方だ。
「缶は……あった」
手のひらに収まる程度の、丸く平たいブリキの缶。
そっと開けてみる。
――不意に思い出した。
ついこの前、何を焼いたかを。
辺りに溢れるのは、クッキーを焼くときに使ったスパイスの匂い。
妙な匂いも特にしない。
なら、これでいいだろう。




