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利器
不意に、僕は小型機械の存在を思い出す。
まだ首都(でありこの名前である)、サンクト・ペテルブルクに置いたままの機械を。
確かに薄々、その重要さを感じてはいた。
でもそのときの僕は、真価を計り損ねていたと言っていい。
何もWikipedia丸ごとが必要な訳じゃない。
内蔵している辞書ひとつとっても、計り知れない価値がある。
たとえば、外国語の辞書でさえそうだ。
著名な人物で有れば、2016年当時の簡潔な経歴が出てくることだろう。
それはとりもなおさず、現時点からの未来予知に等しい。
後悔は先に立たない。
僕の小型機械にしても、バッテリーは何年も前に切れている。
今の僕にとって、この情報はあまり意味がない。
――それでも、後に続くかも知れない者にむけて、書き残しておこう。
たとえ通信手段が途絶しても、その機械には使い道がある。
バッテリーが切れるまで、その力を活かしてみるべきだ。




