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ことば
「――彼女に誓って、嘘偽りのない言葉を誓いましょう。……これで、よろしいですかな?」
「ええ。あなたの誓いに感謝します。では、僕は――」
そう言いかけて、僕は言いよどむ。
僕は神も、主も信じない。
と言って、人へと誓うのは違う気がする。
いくら身近であっても、他人は他人でしかない。
僕と他人は別の存在だ。
僕の考えを、他人は何も保証しやしない。
「ええっと……」
果たして、どうしたものだろう。
もちろん、何をどうする、と言うことは出来る。
けれどもその誓いは、僕にとって何をも意味しない。
無意味な儀礼を平然と行えるほど、僕は老成してはいなかった。
いや、本当のところ、既に成された誓いだってそうだ。
目の前の老人はおそらく、誓いをたがえることはない。
僕にとってそう思える、ただそれだけなのだ。
何気ないはずの、目の前にいる老人の誓い。
その誓いの何気なさが、ほんの僅か、うらやましくもあった。
それが甘さなのかと言われれば、おそらくはそうなのだろうけど。




