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大もうけ
あらかたの準備を終えると、ちょうど玄関に気配があった。
次いで呼び鈴の鳴る音。
心持ち大きな声で、僕は答える。
「はい」
正直なところ、少しわくわくする。
何しろここでは、人と話すのが大いなる娯楽なのだ。
インターネットはもちろんのこと、コンピューターもTVもまだない。
ラジオの実用化は今まさに始まったばかり。
僕が首都で使っていたタイプライターも、最新鋭に属する機械と言っていい。
言ってしまえば、この時代の田舎は暇でしかないのだ。
本にしても、無難な代物が大多数でしかない。
手紙にしても差し入れにしても、事前の検閲は免れない。
……そう言えば、『資本論』を「大もうけについての本」と称し取り寄せた話も聞いた。まあ、「もうけ」を「通常の体制下では不可能であった出世」とでも定義するなら、「大もうけ」できる人もいて不思議じゃない。
あれは中身を見ない役人あってのものだったろうけど、ここでも使える手なのだろうか。
一度、聞いてみても面白いかも知れない。




