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迫る足音
老人は穏やかに頷き、後を続ける。
「左様で。もっとも、少しどころではなく落ち着かれましたよ」
「……どうも」
思わず苦笑いが漏れる。
迫っている日露の戦争。
後に続くかも知れない、最初の革命。
確かに、僕は焦っていたかも知れない。
焦ったところで、どうしようもないことに対してまで。
「――お時間があれば、少しお伺いしたいのですが」
いい機会かも知れない、そう僕は切り出す。
「何なりと。もっとも、この老いぼれに答えられる範囲であれば、ですが」
「いえ、そこまでのことではないです。ただ、最初からそう仰ることがなかったのは、なぜなのかな、と」
わずかな笑みとともに、老人は問いを受け止める。
「物事には、時、と言うものがあります」
「――時、ですか?」
「そうです。同じ事を言ったとて、否か諾かが状況次第なこともある。言ってよければ、あの頃の貴方は、その時ではなかったように思いましたな」
確かに、そうかも知れない。
身を切り、心まで切り込む、冬季シベリアの寒さ。
僕に余裕が出来たのは、比較的最近のことだ。




