帰宅
僕は家の玄関を開ける。
――ただいま。
そう日本語で言いかけて、寸前で思い直す。
「帰ったよ」
言って僕は扉を閉める。
外気が嘘のように暖かい。
屋外でないならば、ロシアの冬は暖かい。
すぐに迎えてくれたのは、無論彼女、ジョゼファだ。
彼女の無事に、僕はひとまず安堵する。
「――何があったの?」
そして相変わらず、話が早い。
「別に何も、て言ったら、怒るかな?」
「少なくとも、胴体の方はそうみたいね」
彼女の視線は僕の両手に注がれている。
握りしめた挙げ句、果汁で湿った両手に。
「……ごめん。みかん、何個かダメにしちゃった」
「そんなこと言ってる場合?」
案じる口調だった。
こう言うときは極力、素直になるに限る。
「心配かけちゃったかな」
「無事は無事みたいね。おかしいとは思ったけど、何があったの?」
「……一応、根拠を聞いてみていいかな」
軽い嘆息とともに、返事が来る。
「帰って来る時間が、ね。仕事にしても、せいぜい日が変わる前には切り上げるはず、でも途中で店に寄ったにしては中途半端」
普段の買い物が長い、と言外に指摘された気がする。
そこはちょっと、今は放っておいて欲しいのだけど。




