押し
「それは……」
相手の逡巡。
自身の心境を測りかねているのだろうか。
一瞬だけ、僕は男の左右を見やる。
左の男も右の男も、口を出す気配はない。
何もしないところから、困惑が見て取れる。
――ならば、この場は一対一に等しい。
「あなたの意見を聞いてみたい――これ、おかしいですかね。ここで少々サービスしたところで、あなたが何を失うでもない、そうでしょう?」
状況を踏まえながら、僕は言う。
「こういうことは初めてだと仰いましたね。ご職業にはご職業ならではのカンが働くと聞きます。そのカン、従っておいた方がいいんじゃないでしょうか」
これはハッタリだ。
気まぐれは気まぐれであって、直観じゃない。
当たったと言うまぐれの記憶が生き残り、印象を強くする。
ただそれだけのこと。
もちろん、馬鹿正直にそれを言うつもりはない。
「仮に僕が、このやり取りをどこかで暴露したとします。でも逮捕されようとしている僕と、十数年を真面目に勤めているあなた。信用がどちらに置かれるているか、明らか過ぎるほど明らかですよ――それでも、あなたの考え、教えて頂けませんか?」
考え自体をそう知りたい訳ではない。
引き出そうとしているのは別の代物。
ひとたび些細な要求を呑めば、次に要求を拒むのは無意識レベルでむずかしくなる。
人間心理に基づく交渉という奴だ。
次なる要求、つかの間の僕の自由は、少しだけむずかしい。
だからこそ、無意味に見えるここで押しておく必要がある。




