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官憲
「――どちら様ですか?」
もちろん、これは名乗ったも同然だ。
ただ、一応の理由はある。
さきほど訊ねた人は「ユーリさんですね?」と念押ししていた。
あくまで最後の確認、と言った口調で。
これが「ですか?」なら、とぼける選択肢もあったのだけど。
加えて、左腕のこともある。
少しだけ動きの鈍い、僕の片腕。
こればかりはさすがに隠しようがない。
と言うよりその程度の特徴は、掴んでいて不思議じゃない。
「――ユーリ・アリルーエワさんですね?」
けれども帰ってきたのは、とりつく島もない反応だった。
もう一度だけ、僕は言葉を投げかける。
「とりあえず、果物でもどうです?」
首を振り、こちらに言葉を促す。
……僕は心の中で評価を上げ、特徴のないこの三人を覚えておくことにする。
――賄賂を取らない警官は優秀だ。
ある女大尉がそう言っていたのを思い出したからだ。
必ずしも官憲の地位が安定していない、このロシアではなおのことだ。




