来る年
僕は仕事を切り上げ、外套を羽織る。
もちろん、みかんの入った紙袋も忘れない。
忘れ物がないか確かめた後、そっと鍵をかけ、仕事部屋を後にする。
廊下を歩き守衛に鍵を預け、そのまま街へ出た。
紙袋を抱えながら、僕は心持ち家路を急ぐ。
氷点下の外気に触れたみかんは、ほんの少し白を帯びる。
帰ったらこの果物について、彼女に話してみようと思う。
新年恒例の角切り野菜のマヨネーズあえにシャンパン、いくばくかの果物が家で僕らを待っているはずだ。
もっとも、お互い用事があったこともあって、サラダの方は作り置きだ。
小型の冷蔵庫なんてまだないけど、この冬の寒さで冷蔵庫はいらない。
単に暖炉をつけていない部屋の、窓際に置くだけでいいのだから。
街中は午前0時近くと思えないほどだ。
酒場はもちろん、ごく普通の料理屋も開いている。
橋の上は花火目当ての人々で賑わっている。
至るところで酌み交わされる祝杯。
ほどなく、花火があがり始める。
ロシアの冬。
ペテルブルクの昼は短く、夜は長い。
そんな夜が、今日は少しだけ短い。
飛び交う火花、あたり一面の火薬の匂い。
1900年が終わろうとしていた。
僕が声を掛けられたのは、そんなときだった。
「失礼。ユーリさん――ユーリ・アリルーエワさんですね?」




