贈りもの
とは言え、そろそろ仕事の切り上げ時だった。
何しろ、あと少しで1月1日なのだから。
ロシアの――いわゆるロシア正教の――元旦は、キリスト教のクリスマスにほぼ等しい。
日中の街では、年越しのシャンパンと果物がよく売れていた。
およそ信仰を持たない僕でも、何とはなし、そわそわした気分にさせられる。
タイプライター作業を終えて、ホコリ避けの布をかける。
もちろん、スイッチを切る必要はない。
電気が、いや配電網が商業化するのは、まだ当分先のことなのだから。
僕は部屋の片隅に置いておいた紙袋をとり、机の上に置く。
片腕で抱えられる程の、ちょっとした重さの紙袋。
仕事が遅くなったときのために、とジョゼファがくれたものだ。
何でも中身は、最近アメリカから木が輸入され、栽培が始まった果物だと言う。
特に黒海沿岸、温暖なアブハジア地方によく合い育つのだとか。
正確に何なのか、彼女は教えてくれなかった。
たぶん、何か珍しいものなのだろう。
……と言っても、だ。
何しろ僕は、マンゴーやライチが珍しくもない時代から来たのだ。
栽培されだして間がないと言っても、僕の知らない果物とは考えにくい。
あまり期待せず、僕は紙袋を開ける。
中身は、確かに僕の知っているものだった。
いや、よく知るどころじゃない。
……みかんだ。
オレンジではない、本当にみかんだ。
その内ひとつを手に取る。
手のひらに収まる、黄色く丸い果物。
おそるおそる、僕はその皮をむいていく。
記憶通り、――たとえ左腕が動かしづらくとも――簡単にむくことができる。
白い薄皮の袋に、赤黄色の実が透けて見えた。
ひとまず一口を頬張る。
歯に力を入れると薄皮はすぐにやぶれ、口のなかに果汁があふれる。
柑橘類特有の甘さに、ほんの少しの酸っぱさ。
まぎれもない。僕の故郷の、冬の味だ。




