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穏やかに
「ところでさ。一応、念のために聞きたいのだけど」
「内容にもよるけど、なに?」
「モスクワ、いや、僕のペテルブルク行き、ジョゼファはついて来てくれるかな」
相棒として、僕は彼女を必要としていた。
20代後半の僕と、20を少し過ぎた彼女。
お互い、信頼関係は築いていたと思う。
「――一応、念のために聞くけど」
そう前置きして、彼女。
「結論から言うと構わない。でもそうなったら、この農園は売るつもり」
「え、お金のことなら別に――」
「――逃げ場が必要な人もいれば、そうでない人もいる。私の見る限り、ユーリはたぶん後者」
沈黙。
ロシアは寒い。
ロシアの気候は、ほとんどの土地でワイン作りには適さない。
となると彼女の作るワインは、もしかすると今夜が最後になるのかも知れない。
僕のこれからの旅路に、それだけの価値はあるのだろうか。
石のような沈黙。
やがて僕は、答えを出した。
「……やっぱりそれでも、お願いしていいかな」




