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乾く杯
「何はともあれ、ひとまず残りを飲みましょう」
言って彼女は、右手で上等な方、ガラス瓶のワインを手にする。
左手では、さきほど同じワインを注いでいたコップ、2個ともを引き寄せ、そのままワインを注ぐ。
食卓の一面に、古びたぶどうの香りが漂っていく。
彼女の意を汲むつもりで、僕は片方のコップに手を伸ばそうとする。
「だめ」
寸前で制されてしまった。
いったい、どういうことなのだろう。
「?」
僕は首を軽く傾け、その意図を問う。
彼女は応じるように軽く首を振り、説いてみせる。
「これは選ばれなかったもの。いたずらに未練は残しちゃいけない――たとえそれが、飲み物であっても」
コップ一杯を一息に。
それを二回繰り返した末に。
本当に大事だったはずのワインは、こうして目の前で消えていった。
「――なるほど、ね」
うなずき、僕もまた、彼女にならう。
右手で陶器製ワインを引き寄せ。
左手で少しだけ苦労しながら、残りのコップふたつを手繰り寄せる。
静かに、コップはワインで満たされていく。




