異界心得
違う世界に飛ばされてみて、ひとつ分かったことがある。
もし万が一、何とか生活が落ち着いたなら。
そのときは、当地の医療事情について気にするべきということだ。
骨折、出産、胃潰瘍。
はしか、脚気、天然痘。
どうと言うことはないはずの病に、あっけなく人々は倒れていく。
飛ばされた世界に順応さえすればいい、後は"力"をふるうだけ――そう信じ込むのは考え物だ。
余所者に対し、世界が優しいとは限らないのだから。
生き延びることがなかった者は、記録を残すことが出来ない。
記録とはだから、ともあれ生き延びた者、強き者の記録でしかない。
半ば逃避と知りつつ、その屍山血河を思う。
「……戦場じゃないだけマシかな」
目の前に見えるは純白、5000mを優にこえる山々。
背後、彼方にあるは海。間近に見たなら、青黒く見えるだろう海。
1894年、ロシア帝国グルジア地方。
東にコーカサス山脈、西に黒海を望む土地。
かりそめの秩序にしても、"今は"戦場でないというだけだ。
やがては赤き魔女が統べるはずの地。
僕が飛ばされたのは、そんな異世界だった。
「……戦場じゃないだけ、たぶん」
つぶやいてはみたものの。
強がりなのは否定しがたい。