第2話 初めての街
方角の問題だけど、スマホで簡単に解決した。電波は圏外であったが、圏外でも方角のみわかるコンパスが初期アプリとしてあった。世の中何が役立つかわからないもんだね。
そういえば、荷物がなにもないんだよなあ。カバンがどこにもなかった。
制服の中にはスマホと財布、ハンカチしかない。
とにもかくにも、今は東にあるという街に向かわなければ。距離がどれほどかわからないけど、またあんなトラに襲われる前に安全な場所を確保しよう。
歩き出したのはいいけど、ここはいったいどこなのだろうか。あんなトラがいるってことはアフリカだろうか。
いや、待て待て待て。さっき俺はなんか爬虫類みたいなのに変身していた。
スロティアさんの力を借りたみたいだけど、そもそもそこがおかしいじゃないか。
なんだ。俺はアニメか漫画の世界にでも入り込んだのか?
夢、の中ではないだろう。意識ははっきりしている。
街に行って人に会えばここがどこなのかわかるだろう。ひとまず、すぐに元の街に帰れないことだけは覚悟しないといけないようだ。
あのピエロを取っ捕まえれば万事解決しそうだけど、いないものは仕方ない。
今俺に出来ることを探そう。
って、冷静に受け入れすぎだろ、俺。もっと思うことはないのか?
こんな理不尽なことになっているのに。悪いことなんてしたことないのに。
どうしてこんな目に遭わないといけないんだよ!
「ピエロ! 俺が何をしたって言うんだあああああ!」
怒りが沸々と込み上げてきて、足を止めて力一杯叫ぶ。が、ピエロは現れない。
まあ結局無駄なのだ。そういえば、ピエロのやつ、最後になんか言ってたなあ。異世界がどうとかって。
もうなんでもいいや。とにかく街に行こう。東に歩こう。
歩き始めて一時間も経っていないだろう。俺の視界に建造物が入ってきた。
ここまで何かに襲われることもなかった。ピクニックでもしている気分である。
街は草原の真ん中にあった。なんかヨーロッパ辺りにありそうなおしゃれな家々が見える。
そういえばお金や言葉は大丈夫ではないだろうな。
イメージとしては門番が居て入国審査とかありそうだったが、街の入り口にそんなものはなく普通に入れた。
入った瞬間俺は凍りつく。人間が、一人もいなかった。
代わりに、見たこともない生命体が山のようにいた。
足がたくさん生え、両手にカニみたいなハサミにサメの顔をしたやつ。
ふよふよと浮かんだダルマのような形の変なやつ。
ハエトリソウにみたいな大きな口に目玉と体をつけたようなやつ。
盛大な仮装パーティーだったらよかったなあ。って、のんきな感想を抱いている場合じゃない。
逃げなきゃ殺される!
「ーーっ!」
街から出ようと振り替えって走ろうとしたのだが、その足は止まる。
どこから出てきたのか、そこには鬼がいた。角にひとつ目、麻の服に見上げるほどの巨体だ。
「~~~! ~~~!」
鬼が俺に顔を近づけて、何か言っている。怒っているのは雰囲気でわかるが、何を言っているのかわからない。
どうするべきか悩んでいると、突然鬼が俺の左腕をつかんで、軽々と持ち上げる。
「いったああああああっ!!」
経験したことのない痛みが俺の左手に走り、声をあげてしまう。
鬼に掴まれている部分が熱く、だんだん痛みを越えて感覚を失っていく。
痛みの中で鬼を見たが、俺を見て楽しんでいるように見える。
くそっ! どうしてこんな目に。
いや、待てよ。俺には戦う力があるじゃないか。
「力を、我が身にやどーー」
先程のようにスロティアさんの力を借りようとした時、いきなり鬼に手を離されて地面に落とされる。
お尻の痛みよりも腕の痛みが激しい中、鬼に視線を送るとその姿は消えていた。
「大丈夫かい?」
声をかけられて振り替えると、そこには美少女がいた。
いや、人間かと思ったが違う。俺に差し出している手は鳥のような爪で、背中には大きな羽が生えている。
金色のストレートの金髪に整った顔立ち、露出が激しく目のやり場に困る格好だ。
「ボーッとしてどうしたの? あ、腕怪我してるのね。ちょっと失礼」
何を言えばいいか悩んでいると、彼女は俺のそばにしゃがんで左腕に手を添える。
豊かな胸元や短いスカートにドキっとしてしまう。
「~~~~~~」
彼女は俺の知らない言語で、鬼に捕まれて変色した腕を優しく撫でる。
てっきり痛いの痛いのとんでいけ的なものだと思ったのだが、どうやら違う。
淡い緑色の光が彼女の手から出てきて、それが俺の腕を包み込んでいく。
ほどよく暖かく気持ちがいい。
「これで治ったはずだけど、痛みはないかい?」
「え? あ、あれ? 痛みもないし、傷が治ってる?」
彼女に聞かれて左腕を確認すると、痛みもなにもない。
「それはよかった。ここじゃあれだからわたしのお店においで。お茶くらいはだすよ」
「え? あ、は、はい」
彼女に連れられるまま、道を歩いていくと着いた先は飲食店のようだった。
開店前なのか客は誰もいない。
「今お茶を持ってくるからそこに座ってて」
「は、はい」
彼女は店の奥に入っていく。それを見送ってから俺は椅子に腰を下ろした。
なんというか、洋画のウェスタンに出てきそうな、酒場という感じか。
「どうぞ。ジュースだよ」
「あ、ありがとうございます」
出されたのは青色の飲み物だった。体に悪そうだけど、飲んでも大丈夫だろうか。
「人間の世界じゃ見慣れないものらしいけど、みんな美味しいって飲むから安心して」
「え? えーと、いただきます」
彼女に言われ、俺は恐る恐る飲んでみる。
すると、甘い味が口に広がる。くだものだろうか。癖がなくておいしい。一口目で味を確認したら、二口目は一気に全部飲み干してしまった。
「そうとう喉が乾いていたみたいだね。おかわりいる?」
「い、いえ。大丈夫です」
「そう。それより、その様子だとまだ何もわかってない様子だね。こっちに来たばかり?」
「え? えーと、どういうこですか? あなたは、何を知っているんですか?」
さっきの鬼の言葉はわからなかったけど、この人の言葉はわかる。
「あ、自己紹介がまだだったね。わたしはメリー。ハーピィー族でここの店主よ」
「は、ハーピィー族」
ゲームによく出てきたな。イメージとしては怖かったけど、この人はすごく優しそうだ。
「キミの名前は?」
「あ、佐藤ユウシです。その、先程は助けていただいたみたいで、ありがとうございます」
何があったかわからないけど、助けてもらったの間違いないだろう。
「いいよいいよ。あのオークはいつも自分より小さい相手に絡んで、お金を奪ったり殴ったりするのが好きなんだよ。まったく、ひどい種族なんだ」
先程のはオークというのか。このイメージもゲームであったが、これはゲーム通りだな。知能が低くて乱暴という感じだ。
「あ、あと、先程人間の世界とかこっちの世界に来たばかりと言ってましたが、あなたは何を知っているんですか? もしかして、ピエロの関係者ですか?」
「ん? みんなピエロっていうけど、わたしはそんなやつは知らないよ。わたしはね、この街に迷い込んだ人間をこれまで何度か助けたってだけ。人間の言葉はその子達に教わったんだよ」
「それは、俺以外の人間もいるってことですか? どこに居ますか?」
「さあ? みんなこの街を出ていったよ。理由はわからないけど、たぶん元の世界に帰るためだね」
「そう、ですか」
何となく、今おかれている状況はわかってきた。いや、まあ信じられないけどさ、そろそろ受け入れないといけないよなあ。
「しばらくウチで働きなよ。住む場所とご飯くらいは用意してあげるからさ。今までの子も、ウチで働いてから準備してたよ」
メリーさんがそう誘ってくれる。行く宛がない俺としてはなんともありがたい。
「ありがとうございます。ぜひお願いします」
「こちらこそ。人手不足で助かるよ」
こうして、俺の異世界での生活は始まったようである。