愛しの君
ギルドの中は広く、まず複数のカウンターが目についた。なんとなく某職安所を思い出す。
手前には冒険者と思われる者たちがいて、その奥には恐らくギルドの者が対応していると思われる。右手には階段があり、上階からは騒ぎ声がひどく、それとお酒や食べ物の匂いも少しした。恐らく酒場なのだろう。
ジュルリ。
っといけないいけない。前世ではお酒が好きだったが、さすがに6歳の子供が飲むわけには行かないよね。
「にしても、ここから探すのは骨が折れるかなー」
私が用があるのは冒険者ギルドではなく、そこにいるであろう、とある冒険者だ。
キョロキョロと周りを見ながら歩くが、気のせいか。みんなの視線が私に向かってるような。
うん、気のせいではないわね。
ていうかはたから見たら、子供が一人でこんな冒険者ギルドをうろうろしているのだ。誰だって目を引くだろう。
「お嬢ちゃん、こんなとこにどうしたんだ。お父さんでも探してるのか?」
ほら、声を掛けられた。
「いえ……お父さんじゃなくて、別の人を探してるんですけど……」
折角だから聞いてみようか。もしかしたら知っている人かもしれない。
「そうか……。それは誰だ?探してやるよ」
「……ありがとうございます。えっと、アークっていう人なんですけど」
「アークだって!?」
その瞬間、私の会話に聞き耳を立ててた人も、目の前の人も、その声が聞こえた人たちもみなが驚いた顔をしていた。
「お嬢ちゃん、アークの知り合いか?」
「いえ……。この前悪い人から助けてくれたので、お礼をしたくて……」
「ハハッ、あいつめ。こんないたいけな女の子までファンを作るなんて」
何だ何だ。そんなに有名なのかな、アーク様は。
ちなみにアーク様に会うのが、今日の私の本当の目的だ。
当然ながらアーク様もゲームの登場人物。ただし本編では故人という悲しい現実がある。
とある攻略対象のイベントでチラッと出てくるのだが、これがまたカッコ良すぎるんですよ!と言っても写真で出ただけなんだけども。
でもそれだけで、プレイヤーの心を掴んだのは言うまでもない。私もその一人であり、攻略対象なんかよりもずっとずっと好きだった。
だからか分からないが、アーク様を見た途端に記憶を思い出したのである。あそこで気絶するなんて今でも失敗でしかない。アーク様の勇姿を見逃すなんて。
「アークさん、いらっしゃいますか?」
「あー、確か任務に行ってるな。もうすぐ帰ってくるとは思うが」
どうやらタイミングが悪かったようだ。けれど悩む間もなく、私は待つしかない。今日会えなければ、次はいつ会えるかも分からない。
「じゃあ、もう少し待ちます」
「そうか、周りは大人ばかりだ。大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
私も精神年齢では十分大人だ。特に物怖じもしない。
折角なのでギルドの中を見て回ろう。いずれ冒険者になる身としても、いろいろと興味深いとこがある。
ちなみに酒場の方へは私一人では上がらせてくれなかった。
そして見ながら待つこと一時間くらいかな。
入口の方が騒がしくなってきた。
「おうアーク!帰ってきたのか!」
「アークさん!おかえりなさい!」
「アークに会えるなんて今日はラッキーだな」
「アーク!」
「アーク!」
どうやらアーク様が帰ってきたようだが、これは想像以上の人気っぷりである。
周囲にはたくさんの人がいるので、私がいる所からはもはやアーク様の顔すら拝めない。しかしその場へと突入する勇気も私にはなかった。
これは少し待とうか。
「ただいま、みんな。悪いけど、先に進ませてくれ」
「フフッ、アークは本当に人気者ね」
「アークばっかりずるいよなー」
しばらくして囲まれるのに焦れたのか、遂にはアーク様が進んでくる。後ろから仲間と思わしきとても綺麗な女性と、ローブを着込んだ少年のような人がいた。少年はともかく、女性にも見覚えはあった。確かアーク様の奥さんだったはず。
私は三人を観察しながら、いつ声を掛けるべきか迷う。にしてもやっぱり間近で見るアーク様はカッコイイ。
黒の短髪に長身。無駄な肉もないスリムな肉体。顔はどちらかというと綺麗系であるが、中性的ではなく精悍な顔つきにも見える。腰には剣を携え、見た通りの剣士でもある。
その横に並ぶのはこれまた絶世の美女。美女といっても、妖艶な雰囲気ではなく、白いローブを着込んだおっとりとした感じの女性だ。フードを被っているが、その中にはとても綺麗な金髪が隠されているのを知っている。
もう一人は背が小さく、二人から見ると少し浮いているような気はする。緑色のローブを着ているので、恐らく魔術師なのだろう。顔は幼そうに見える。
「よう、アーク。帰ってきたか」
「ただいま帰りました、マスター」
「帰って早々で悪いが、お前にお客さんが来てるんだ」
おっと、あの人ギルドマスターだったのか。
先ほど話した親切なおじさまが私のことをアーク様に紹介してくれた。
「君は……?」
さすがにこんなとこで小さな少女がいることにおかしいと思ったのか、少しだけ訝しげな視線を送られた。
「あの、アーク様!」
「え?」
あ、まずい。思わずいつも自分の中だけで言っていた様をつけてしまった。
みんな心なしか固まっている気がする。
「あ、えっと……私この前路地裏で悪い人たちに絡まれてて……そこをアークさんに助けてもらったんです。ずっとお礼がしたくて……」
「路地裏って……まさか……」
アーク様が少しだけ歯切れの悪い言い方をしていると、マスターが思い出したのか大きくうなずいていた。
「あー、あれか!先週にお前が路地裏で助けたガキたちの話。まさかの王子様が紛れてたって話だよな」
「そういや、ありましたね。……だけど何で俺がここにいるって分かったんだ?生憎だけどあまり目立ちたくもなかったんですぐにあの場を去ったんだけどな」
「えっと……街の人に聞いたらきっとアークさんだって聞いたので……」
「そうか……。君もあの時王子様と一緒にいたんだよね。てことは貴族の子なのか?」
「ううん。私はこの街の子です。たまたまあの子たちと一緒に遊んでて、そしたらあんなことになっちゃって」
もちろん嘘である。
アーク様はある事情で、その存在を王家や貴族へ知られることを良しとしない。出来れば隠しておきたいはずだ。たまたま路地裏で助けた子供たちに王子がいたことは恐らくアーク様もビックリしたはずだ。ここで私が貴族だなんて言ったら、ここまで来た意味もなくなってしまう。アーク様に嘘を吐くのは心苦しいが、これもまた私の邪な目的のためだ。
「そうか……名前を聞いても?」
「アーシャです。あの……この前はありがとうございました」
「あぁ、どういたしまして」
かがんで目線を一緒にしてくれたアーク様はとびっきりの笑顔で私のお礼に答えてくれた。
あぁ、もう幸せだ。思い残すことはない。