最悪の結末
またしても辺りには静寂が漂った。
さっきまでユキさんが巫女だということに騒いでいた野次馬でさえ、誰も喋らずに一様にこちらを見つめている。否、中心となったマララ=モルガンと私を。
いやいやいや、何で?どういうこと?
なぜ私は今彼女に助けを求められているのか。
当事者であるユキさんも、事情を知る五大貴族も、私の姉弟でさえも、誰もが私を見ていた。その表情の意味にはいろいろあるのかもしれないが。
誰もが混乱に陥っていた中、始めに声を出したのはウィラクスだった。
「アーシャ様……貴女という方は、どこまで落ちぶれれば気がすむのですか!何をしでかしたかお分かりですか!?」
「違っ」
「アーシャ様!お願いです!失敗したら助けてくれるって仰ったじゃないですか!あれは嘘だったんですか!?」
ウィラクスの言葉はマララ=モルガンの言葉を信じきったものだ。それを咄嗟に否定しようとするも、それを遮るように彼女は更に私に不利な言葉を紡ぐ。
まあウィラクスだものね。当たり前の反応だろうけど、彼女の真意が分からない。私に罪をなすりつけようとしているのかもしれないけど、問題は彼女が本当にそう思っていることだ。
眼が本気で私に助けを求めているし、何となくだけどこの場凌ぎの嘘を言っているようにも思えないのだ。いや、実際は嘘でしかないんだけど。
もはや下手なことも口にすることが出来ず、私はそのままゆっくりと周囲を見渡した。それぞれと視線が交わう。
けれど勘違いでなければ、その視線はみなウィラクスのように彼女の言葉を鵜呑みにしたようなものではなかった。
意外だわ。
「……アーシャ……いったいどういうことだ……?こいつの言っていることは……」
王子が確認するように、恐る恐ると口を開く。その心中は私には察することはできない。
「私は……」
みんながその言葉の続きを聞こうとする中、私は何と答えればいいのか迷っていた。
否定するのは簡単だ。それを信じるかどうかは別として、自分の無実を主張するのは間違いではないだろう。
けれど、よく考えなければ。そもそもこんな状況に陥った原因は何なのか。
私にはそれが、この世界の捻じ曲げた力だとしか思えないのだ。
本来のゲームのストーリーならば、ユキさんを苛めるのはカタリナたちであって、最終的にはアーシャへと責任が擦り付けられる。
だが現実にはカタリナは苛めを行わなかった。それに代わるように現れたのが、彼女だ。そして現に、彼女は今私へと責任を擦り付けようとしている。厳密には少し違うけども、ここで私が肯定すればゲーム通りの展開となるのだろうか。
今の私にとってゲームのストーリーを根本的に覆したいのは、自分の最期の時である。ただでさえ、少しずつ狂っているこのストーリーをこれ以上狂わすのは、その先に何が起きるかも分からないことだ。だからこそ、素直に彼女の言葉を否定できないのだ。
……やっぱり、ここはストーリー通りに罪を被るべきなんだろうか。
長いようで短い思考の間、私はそう結論づけようとしていた。それが本当に正しいことなのかは分からない。けれどそれくらいには、私も結構混乱している。
そのままそれを口にしようとしたところ、それを遮るように異変はまたしても彼女から起こった。
「どうして!?どうして何も言ってくれないんですか!?それともやっぱり貴女は私を殺すつもりなんですか!?」
「え……」
「嫌、嫌よ!来ないで!殺さないで!!」
その尋常でない様子に誰もが目を見張った。
彼女は宙に視線をやり、何かに怯えるように狂気に満ちていたのだ。
「……助けて!助けて!!」
その言葉が誰に向けられたのかは分からなかった。
けれど明らかに錯乱した彼女を落ち着かせるべく、何人かが動き出そうとする。その瞬間、彼女は前のめりに倒れ込みながら吐血していた。
それは見たことのない黒い血が混ざっていた。
「……おい!無事か!?」
一瞬の硬直の後、真っ先に我に返った王子が彼女へと近づく。倒れた彼女からはもはや生気が感じられなかった。
「……死んでいる……」
何が起きたのか誰も分からなかった。呆然と呟く王子だったが、その言葉は次第に全員の耳に伝わっていく。
そして彼らは一様に、ただ一人へと視線を向けるのだ。まるでお前なら何か知っているのだろうと。
そう、私へと。
「……なんで……」
混乱しているのは私だって同じだ。
いったい彼女の身に何が起きた?誰も触れてもいないのに、彼女は一人でに死んでいったのだ。しかも血は赤黒い普通じゃ有り得ないものである。
本当に、わけが分からなかった。
「……貴様、口封じに殺したのか!?」
誰もが思考に囚われる中、ウィラクスのその言葉が響いた。
人は何もかも分からなくなった時、そこに投げかけられた言葉を無条件に信じてしまう時がある。
そしてそれは今も例外ではなかった。
全員、とは言わないが、多くの者がアーシャを見る目が変わっていた。
それはお前が殺したんだろう、というように。
「違います……!」
「黙れ!!」
ユキさんを苛めていたことくらいの濡れ衣ならいくらでも着よう。だけどこればかりは、いくらなんでも無理だ。
けれど、もはや私の言葉は誰の耳にも届いていなかった。
何で。いったい何が起きたの。
なぜ彼女は死んだというの?それにあの間際、確かに最初に感じた不吉な魔力を感じたのは気のせいではないはず。
あぁ、本当に何もかもが分からなかった。
「……アーシャ……嘘だろう……?」
王子がなぜか、悲壮な目を私に向けていた。
だけどもう、私が何を言ったところで状況は変わらないだろう。
私はもう一言も口にすることなく、俯くことしか出来なかった。
やがて騒ぎを聞きつけた他の教師たちも現れ、連絡が届いた憲兵たちも現れる。
私は容疑者兼参考人として連れられ、取り調べも受けることとなった。
何が起こってるのかも理解できぬ中、時が経つことだけは早く感じるのはなぜだろうか。
気づけば、月も変わり、学園前期も終わろうとしていた。




