青天の霹靂
事件は唐突に起こった。
週明けの月曜日。午前中。ワーラル先生の共通授業の真っ最中であった。
いつもと変わらない授業風景の中、私はかすかに異変な魔力を感知する。
何?この魔力。気味が悪い。
教室の中を漂うその魔力は、何かを目指すように一点に集まり凝縮していた。突然のことに私はわけも分からずに眺めていることしか出来ない。
その魔力が集まったその先はユキさんの机だった。
いつも通り授業に真剣に耳を傾け、時折周りの三人も暖かい視線を送る。
そんな最中に、ユキさんの机には禍々しいほどの魔力が集まる。
当然それに気づいたのは私だけでなく、魔力の高い姉やウィラクス、ユキさん自身も不思議そうに首を傾げていた。
刹那、轟音が響いた。
「きゃぁっ!?」
「ユキ!?」
唐突に爆発したユキさんの机。それは大きな威力でたちまち爆発の煙が一帯を覆う。
「何だ!?」
「きゃぁぁぁ!」
「爆発だ!!」
「お、落ち着いてください、みなさん!」
途端にパニックに陥る教室。ワーラル先生がなんとか落ち着かせようと声を掛けるも、その小さい声は誰の耳にも入らない。
けれどそこで一際大きな声が爆発の中心の辺りから響く。
「騒ぐな!!落ち着け!……ユキ、無事か!?」
「……は、はい……」
エルンスト王子だった。
彼の一喝により、逃げ出そうとしていた生徒は立ち止まって騒ぐのもやめた。まさに王子らしいカリスマの一面を見てしまったようだ。
「ユキ、怪我は!?」
煙が晴れると、そこにはユキさんが膝をついて息を乱していた。心配そうに駆け寄る王子たちだったが、どうやらユキさんに怪我は一つもついていないようだった。
それは彼女の周囲に展開している光の膜が守ったのだろう。
結界か。光属性ならではの防御魔法。咄嗟に使ったのか、巫女の危険に合わせて発動されたのかは分からない。けれどおかげでユキさんが無事だったのならひとまずか。
「くっ!ふざけた真似を!」
ウィラクスが悔しそうに唇を噛む。
もう誰もが分かっているはずだ。
今の爆発が明らかに巫女であるユキさんを狙ったものだということが。
「さすがにこれは見捨てておけないな……」
「エルンスト様……」
「ウィラクス」
「えぇ。あの女を直接問い質します」
王子とウィラクスは二人で納得するように頷き合った。
あの女――マララ=モルガン。やはり彼女の仕業なのだろうか。
確かに彼女の魔力を感じるような気がするのだけど。何だろう。この言い知れぬ不安は。
「ま、待ってください。私は、無事ですから」
「何を言ってる、ユキ!お前は今殺されかけたんだぞ!?」
「……ッ!?」
その言葉に恐怖に震えるユキさんの身体。ようやく彼女は自分の危機を悟ったのだろうか。
結界で無事だったとはいえ、下手をすれば命を奪うほどのものだった。
その事実がユキさんを震えさせるのだろう。支えるように姉もユキさんに寄り添っていた。
「すぐに探し出すぞ、ウィラクス」
「もちろんです」
待ちきれないというように二人は教室から彼女を探しにいこうとした。
けれどその前に新たな闖入者が現れる。
「その必要はありません。彼女はこちらで拘束させてもらいました」
大きな爆発音のおかげで周囲のクラスからも野次馬が大量に現れていた中、そこから歩み出たのはカインとディーン、ルクスにヨハンだった。そして彼らに拘束されていたのは紛れもなくマララ=モルガンだろう。両手を後ろに縛られ、身体の自由も魔法によって奪われていた。
「カイン!」
「エルンスト様、ユキ様はご無事でしょうか?」
「あぁ、間一髪だったがな。やはりその女か?」
カインは突き出すように彼女を王子たちの前に差し出した。抵抗する素振りもなく、その目はどこか狂気に満ちている。そんな彼女を恐ろし気に、けれど侮蔑の視線を事情を知る者たちは向けていた。
「間違いないでしょう。怪しい魔力を察知して調べたところに、この教室を伺う彼女を見つけました。話を聞こうとしたところ、さっきの爆発が……」
この中で一番に魔力感知に秀でているカインだからこそ、真っ先に気付けたのだろう。だが爆発は起こってしまい、結果的にはユキさんは無傷であったが巫女を危険に晒したことには違いがなかった。多分、それが悔しいのだと思う。
「そうか……ご苦労だった、カイン。……さて、貴様には聞きたいことがある。なぜユキを襲った?」
「……私は……」
マララ=モルガンは王子と視線を交わしながら、その身体は震えていたようだ。
無理もないわ。取り囲むように王子や五大貴族の子息たちに睨まれては、誰だって身を竦めるものでしょう。
「この期に及んでしらばっくれるつもりじゃないでしょうね?貴女の魔力の痕跡を辿れば、すぐにでも分かるんですよ」
ウィラクスの射殺すような視線を向けられ、彼女はだんだんと取り乱していくようだった。
「だ、だって、その女が悪いのよ!!いきなり現れて殿下や皆さまを自分に縛り付けようとしているから!私は皆さまを救うために行動しただけです!!」
その瞬間、誰も言葉を発せなかった。
それは決して彼女の言葉に圧されたからではない。
彼女の言葉の意味が分からなかったからだ。
割と本気で。
「ウィンダリア家の養子になったのだって当主様に言い寄ったのでしょう!?本当は金銭が目的ではないの!?なんて、最低な女なのよ!皆さまだってそう思いますよね!?」
「ちがっ!私はそんなこと……!!」
血走ったその言葉にユキさんが否定の言葉を上げるが、きっとそれは届きはしないだろう。
そもそも一般の人にはユキさんが巫女だということすら知らないのだ。何も知らない人からすれば、いきなり五大貴族の養子になった人物が王子たちと一緒に過ごしているのだ。そう簡単に受け入れられることではないのかもしれない。
「私はただ許せなかっただけ。何も悪くないわ」
「いい加減にしろ!!自分がどれだけ愚かなことをしたのかまだ分からないみたいだな。ユキはただの貴族の一員ってわけじゃない。彼女はこの世界を救う巫女なんだぞ!」
「エルンスト様!?」
その衝撃な言葉は辺り一帯に響いただろう。
ユキさんが巫女であることは内密の事実だ。それを王子はこの場で暴露してしまったのだ。それがどれほどのことか分からないわけでもあるまいに。
ほら、今のを耳にした野次馬たちが騒ぎだしている。
けれど当の本人は反省の色などなく、むしろユキさんのために真実を伝えたのだろう。それほどまでに怒っているということだ。
「巫女、ですって……?そんな御伽噺……」
「全て事実だ。巫女を敵にすることはこの国だけでなく、世界にも対する反逆行為だ。貴様はそれほどのことを犯した自覚をするがいい」
「嘘、嘘よ!だって巫女なんて話は聞いてない!」
「聞いてない……?それはいったいどういう意味ですか?」
その言葉に真っ先に反応したのはウィラクスだった。
まるで誰かからユキさんのことを聞いていたような口ぶりだからだ。
「やはり貴女の後ろには、黒幕がいるようですね」
「……そ、れは……」
「誰だ!?」
「まぁ話を聞く機会はいくらでもありますけどね。まずは彼女を捕らえて牢にいれるべきでしょう」
「そんな!?」
非常なウィラクスの言葉に動揺する彼女。身体が小刻みに震えていた。
「当たり前でしょう。貴女はそれほどの罪を犯したのですから」
「ち、違う!私はただ唆されただけ!あの女が許せないだろうって言われて、それで……!」
「いったい誰にだ!?」
「それは……」
「言わないのなら牢でゆっくりと聞くまでです」
その言葉が合図となったのかどうかは分からないが、彼女は助けを乞うようにその名を呼んで縋った。
「嫌!……ねぇ、助けてください!貴女が私を唆したんじゃないですか!なのにどうしてそんなとこで見てるだけなんです!?助けて……私を助けて……、ねぇ、アーシャ様!!」
マララ=モルガンは手をこっちに差し伸べるようにして、必死な声を出して私の名を呼んだのだった。
え、いったいどういうこと?




