秘密の抜け道
今日は朝から私の気分はワクワクしていた。
ついに医師からも安静はもう必要ないと言われ、遊びにもいけるということだ。もともとどこも悪くはなかったのだ。私がここまで大人しく待ったのを褒めてもらいたい。
さて、そんな私の前には王子様がいらっしゃるではないか。正確にはそれにリーシャもくっついている。
実は全然知らなかったのだが、今回の事件をきっかけに半ば無理矢理リーシャと王子様の婚約が正式に成されたようなのである。
前々からそんな話は出てたようだが、私の父親が弱点を突くようにその縁談を持ちかけたそうだ。王様も息子のせいで危ない目に合わせたということで負い目を感じたらしく、元々話があったこともありそれはすんなり合意したということだ。
王様はどうやらとても甘いが、子供には厳しいようであった。
倒れたのは私なんですけどね。
まあリーシャもとても嬉しがっているからよしとしよう。
そしてそれからというものの、王子は遊ぶさい毎回リーシャを迎えに来てるようであった。今日もそうなのだろう。
なのに、なぜ私の前に立ち塞がる。
「おい、アーシャ。お前安静とけたんだろ。俺たちと遊ぶよな。早く準備しろ」
何を言ってるんだこいつは、と言いたいとこだがまあそう思うのも当然かもしれない。
前までは私はリーシャの後をついて王子たちと一緒に遊んでいたのだから。
しかしここはちゃんと断らないと。この分岐は私の計画の第一歩でもある。
「あの……エルンスト様……」
「何だ?」
「私、もう一緒には遊びません……。この前の事件で怖くなって……しばらくは誰とも遊ばず部屋で過ごしたいんです……」
「なっ……!!」
ちょっと病弱っぽく、演技がかかった風に王子を見て言った。
するとなぜか王子はそれに大変驚いたようで、何かを反論しようとして出来ないようであった。
そんなに予想外なことだったかな?しかしここで油断はできない。トドメといこう。
「それに私ノロマですし……もうエルンスト様たちの遊びにはあんまりついて行けないですから。……もう私のことは憐れんで誘ってくれなくても大丈夫です」
その言葉が効いたのか、王子は更に口ごもるがやがて憤慨したように言葉を返してきた。
「べ、別に憐れんで誘ってるわけじゃない!だいたい俺たちがお前みたいなノロマと遊んでやってたんだ!誘わなくて大丈夫だって?頼まれたってお前みたいなノロマなんてもう誘わねぇよ!後で泣いて後悔したって遅いんだからな!!」
うんうん。その言葉を聞いて私は安心したよ。男に二言はないよね?
「アーシャ!貴女ったらエルンスト様にそんなこと言って!もう行きましょ、エルンスト様。こんな娘、ホントに誘う必要なんてないですわ」
「あぁ、そうだな。……ノロマ、絶対に後で後悔するぞ!」
そんな捨て台詞を吐いて行きながら二人はようやく我が屋敷を後にした。
ちなみに行先は王城であり、毎度彼らはそこで遊ぶのだ。
それにしても後悔なんてするわけないじゃないか。第一段階を突破した私はそれだけで上機嫌になる。これでもはや幼少の攻略対象との接点は絶ったも同然だ。
「さぁ、こんなことしてる場合じゃない。早く次の目的を達しないと」
そうだ。今日の目的はこんなことではない。私にとってもっと大事なことである。
それにはまず大きな難関がある。
それは屋敷の人間の誰にも見つからずにこの家を抜け出すことだ。
当たり前だが私はまだ6歳の子供。一人で外に出してくれるわけがない。しかしそれだけでなく、内気な少女を装う身としては、一人で抜け出すことがバレることが最早問題になるのである。
というわけで、正面玄関は当然使えない。それ以外で外へと通じる道。それでいてバレずに戻ってこれる道。そんなものがいったいどこにあるのか。
なんつって。
実はもう目星はつけてある。
何を隠そう、私の部屋の中にある通気ダクトだ。
これがまた小さい身体なら人一人入れるくらいの大きさがあるのだ。外のどこに通じているかは分からないが、試してみる価値はある。
「善は急げ。さ、行ってみようじゃない」
ダクトの蓋を開けて中へ入れば、まず当然だがそこは埃だらけの汚さが漂った。
「何よここ……。まあ文句なんて言ってられないけど。それに……」
何だか映画に出るようなスパイアクションっぽい。
別に憧れていたとかそういうわけではないが、前世では割と男勝りな部分があった私としてはちょっとワクワクする部分がある。
ダクトの中は私のサイズではそこまできつくもなく、割とスイスイと先を進めた。
そして手探りで数分進むと、やっと光が見えてくる。
「ここは屋敷の裏ね……ビンゴだわ」
体中についた埃を払いながら、私は満足いく笑みで頷いた。
これで第二段階もクリアだ。
次は街中へ繰り出すこと。これが出来れば目的もすぐわずかだろう。
ちなみに今いる場所は王都にある貴族街。バレリアナ家の裏手だ。
当然だけど周りには貴族の家しかないし、歩くのもほとんど貴族だけである。
この貴族街の北側に王城があり、南側に城下町がある。問題なのは城下町と貴族街の間に軽い門があるとこだ。当然のように警備兵がいるわけだが、そんなとこを6歳の少女がやはり一人で通れるわけがない。
唯一子供たちの間で知られていた抜け道の存在もあったのだが、先日の一件で王様にも知られ潰されてしまったようだ。
「どうするかな……」
ひとまず門の近くまで行ってみるが、警備兵が二人いてとてもではないがその隙を付けるとは思えない。城下町と貴族街の間には塀が立っているのだが、それも高すぎて当然私には無理だ。
目的のためにもここで諦めるわけにはいかない。私は少しの間その場で考えていると、何やら道の真ん中を小さな集団が歩いているのが見えた。
「あれは……?」
先頭に巡礼服のようなものを着たシスターと思わしき女性が二人。そしてその後ろには十数人くらいの子供がいた。
「そうか……確かあっちには教会があったわね。拝礼の帰りだわ」
集団は真っ直ぐに門へと向かっているので、恐らくこれから城下町へと帰るのだろう。子供たちの身なりはどうみても平民のものだ。
私は自分の姿を見ると、それは地味な服装の上、先ほどダクトを通ったおかげで所々埃がかぶさっていた。
「ふふ……天は私の味方かしらね」
それはもう、誰だって同じことを考えるわよね。
私はすかさず集団の後ろへとこっそりと紛れ込む。そしてそのまま門を通り抜けていく。
門番の横を通る時はドキドキしたが、素知らぬ顔で通れば声を掛けられることもなかった。
ものの見事に私は城下町へ出ることへ成功した。これで第三段階も突破。後は目的地へと走るだけだ。
私の心はもうドキドキとワクワクでいっぱいだ。
城下町は広いが、目的の場所は建物も大きく目印にもなる。初めて来るがそう迷うこともなかった。
「ここね……」
目の前に大きく建つ建物。中からはとても賑やかな声を聞こえているし、その出入口からは屈強そうな男や、ローブを着込んだいかにもな魔術師たちが多く出入りしている。
冒険者ギルド。
そこはそう呼ばれていた。