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異界の巫女  作者: ハル
ゲームスタート
44/56

忍び寄る死の香り

 闇に覆われたかのような姿をした目の前の何かは、ただジッと私を見つめていた。

 形は間違いなく人型。しかし頭からは鋭い二つの角が生えており、身体も見るからに強靭な肉体をしている。背丈も私よりは大きいが、そこまでではない。170中盤といったとこか。そして胸は平らで筋肉が露になっているので、多分オス型だろう。

 オス?オスもメスもあるのかすら知らないけどね。

 そいつの足元にはさっきまで戦っていた男が横たわっている。確認しなくても分かるけど、間違いなく死んでいるはずだ。

 そして人型の何か――魔物は私を敵と認識したのか、空に向けて咆哮を放った後、攻撃を仕掛けてきた。

 外見に似合わずとても素早かった。ハッキリ言って私なんかじゃ到底反応できる速度ではなく、気付いたら魔物は目の前にいたのだ。

 それでも本能と言うべきなのか。考える間もなく、咄嗟に私は身体をずらして魔物の攻撃を避けようとする。


「キシャァァッ!!」


 鋭利な爪を光らせ、明確な殺意を持った攻撃だった。その一撃は、完全にではないが、私の肩を切り裂く。

 ドクッドクッと、心臓の音が激しく鳴りながら、傷口からは血が少しずつ溢れ出ていた。

 何……、何なのこれは……。

 魔物はすぐに二撃目を放たず、けれどその瞳は私を離さない。そしてそれ以上に、私の内心はパニックに陥っていた。

 なにせ、一歩遅ければ死んでいたのだ。

 死。それは私にとって身近で、そして恐怖にもなりえる存在だ。

 冒険者になって、これまでも多くの魔物と戦ってきた。怪我を負うこともあったし、死の危険に晒されたことも少なからずあった。

 けれど、今はそれまでと比にならないほどの恐怖を今味わっている。

 死ぬ?私はここで死ぬの……?

 ゲームのシナリオではアーシャの死はまだまだ先だ。だからこそ、冒険者稼業をしている時に死の危険に晒されても、ここで死ぬわけはないという驕りが少なからずあったのは否定しない。時にはそれをいいことに、特効したこともあった。

 だけど、今は本当に死の恐怖を感じていた。夢でもない、リアルの恐怖を。それほどまでにこの魔物に恐ろしさを抱いている。


「……いったい何なの……」


 状況も何も理解できない。だけど一つ分かっていることは、魔物は私を殺そうとしていて、そしてそれに抗わなければ私は死ぬという事実だ。

 嫌だ。

 死にたくない。私は死にたくない。

 それは紛れもない私の心が叫ぶ渇望だ。

 弓を握る手に、多量の汗を流しながら、その手に力を込めた。

 私の心に反応したかのように、魔物は眼を大きく見開いて私に敵意を一層抱く。


「グァァァァッ!」


 魔物は二撃目を繰り出してくる。さっきと同じようにその速さは驚くべきもので、私には目で追えるようなものではなかった。


「……防風の陣!」


 今度は避けるのではなく、防御結界を張った。それは功を奏し、魔物は風の結界に弾かれるように距離を取って下がる。けれどその身体にはダメージはほとんど見受けられない。

 さっきまで戦っていた男ですら、私よりも格上の相手だった。けれどこの魔物はそれの何倍も上だ。

 勝てるわけがない。その事実が伸し掛かるが、だけどそれが何だというのだ。


「……ホント、この世界は私にとって理不尽よね」


 思わず自嘲じみた声が出た。

 そんなこと、分かりきっていた。分かりきっていた中で、私は生き抜くと決めたんだ。

 だから死ねない。死にたくない。

 それは紛れもない私の本音。


「いくらだって抗ってみせる!」


 愛用の弓を番え、風の矢を魔物に放つ。

 この弓はシャリーさんから貰った、今となっては形見の品だ。元々が一級品のものであり、その力は私には勿体ないくらいである。

 最初は普通の矢を使っていたが、ユアンから魔力で矢を生成出来ることを教えてもらい、それ以来私は自分の魔力で矢を発生させ番えていた。その威力は普通の矢の何倍の威力を誇る。


「……ううん。だけど、私はそれ以上に恵まれている」


 アークさんから戦闘におけるいろんなことを教わった。

 シャリーさんから弓の扱いだけでなく、一級品の弓を頂いた。

 ユアンからは魔力の使い方や魔法を教わった。

 打算があったとはいえ、私は三人の師匠に恵まれたのだ。


「ここで死んだら、三人に顔向けできないじゃない」


 どれだけ格上の相手だろうと、戦ってみせる。


「掛かってきなさい……!」


 その言葉を理解したのかは分からないが、それを合図に魔物は再び攻撃を繰り出してきた。

 その素早さは相変わらずデタラメなほどだ。まともに見極めようとすることすら無駄だ。

 さっきと同じように私は防御結界の防風の陣を発動させる。

 けれど魔物は弾かれることなく、風の結界に攻撃を続ける。


「キィィィィィッ!!」

「ッく……!!」


 知性すら高いのか。防風の陣は高い攻撃力を受ければたちまち消失してしまう。

 瞬く間に魔物の攻撃は防風の陣を破り、私の身体へと攻撃を許した。


「……ッゥ!!!」


 激痛が走る。

 でも、それが何だ。


「穿て、ウインドランス!!」


 痛みに耐えながらも、反撃とばかりに魔法を放つ。

 凝縮された風の槍は魔物へと直撃する。

 もちろんそれで倒れるなんんて思ってもない。今までに出会った魔物の中でも、確実に一番強い。だからこそ油断も驕りもしない。


「……切り裂きの風よ!其の者を永劫に切り刻め!エーテリアルストーム!!」


 対象が死ぬまで止むことのない風の上級魔法。

 渾身の力を振り絞って、それを魔物へ放った。間違いなく、それは魔物へと直撃した。


「……嘘でしょ?」


 現時点で私が覚えてる中での最強の魔法だった。けれど遥か格上の相手には無意味なほど、その魔法は効きはしなかった。


「キシャアアアッッッッ!!」


 魔物は雄叫びと共に私の魔法を打ち砕く。もはやそれは私を絶望へと導くレクイエムのような声だった。

 自由を得た魔物は再び私を殺そうと眼前に迫る。


「……ッ!!」


 打てる策は打った。覚えてる最上級の魔法も放った、

 だけど目の前の異形の魔物には何一つ効きはしなかった。

 あぁ、私はなんて無力なんだろう。

 転生者が何だというのだ。死を避けて生き延びたいのに、結局死ぬのだ、私は。

 それは諦めた瞬間だった。


「アーシャ……!!」


 聞き覚えのある声。

 それを遥か遠くの声のように覚えながら、私は意識を手放した。




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