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異界の巫女  作者: ハル
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42/56

貧民街

 どこの世界でも富裕層というのは存在する。どれだけ王様が良政を敷こうが、貧富の差を失くそうとしようが、どこかで貧しい者たちは発生するものだ。それを失くそうとするのはとても至難なものだろう。そんな彼らを失くそうとするには、王族が自ら金や衣食住を分け与えるしかないと思う。しかしそれは他の者たちからの反発が絶対出るはずだ。ならばどうすればいいのか。少なくとも最低限なものは与えるべきだろう。

 何が言いたいかって、それはこの国でも例外ではなく、王都には貧民街というものが存在する。私とレン、グラムの三人はこの貧民街の一角を担当として警備を任されたのだ。

 貧民街と聞けばまず悪いイメージを連想するが、この国の貧民街はそれほどに悪い環境というわけではない。少なくとも餓死者や暴力が横行するような、よくあるスラム街とはかけ離れている。決して裕福とはいえないが、住む家もあれば、食料もあるし、仕事もある。ただしそれらは満足できるというものではないのは確かだ。


「にしても、相変わらず辛気臭えなここは」


 三人で歩きながらレンは顔を顰めてぼやいていた。けれどそれは悪意があるものでないのは知っている。


「まあそう言うな。お前が生まれ育ったとこなんだろう?」

「……まあな。昔から何一つ変わっちゃいないが」


 言っては悪いが、ボロっちい家は台風などの災害があれば確実に壊れそうだ。今は建国祭を見て回っているのか人は見当たらないが、たまに見る彼らの服装は綺麗なものなどではない。王国からの支援もあるらしいが、それでも稀に犯罪行為を行う者が出てくるのは確かだ。

 レンはそんなところで育ったらしい。彼からすれば、無駄遣いをするような貴族や王族など憎むべきものだろう。王国から自治は認められているが、やはりお互いの印象は良くないものだった。最もレンが貴族を激しく憎むに至った原因は、別のところにある。


「そう言えば、イザベラは元気か?」

「あぁ。今日も朝っぱらから酒を陽気に飲んでたくらいだからな」

「……変わんねぇな、あいつは」


 学院の教師であるイザベラさんはレンとの義理の親子であり、グラムの元パーティー仲間だ。

 まだ現役だった頃イザベラさんは、どんな縁があったか知らないが、孤児だったレンを引き取った。それ以来レンはイザベラさんから様々なものを学び、実の親子以上の絆を得ていた。それなりに成長すればまだ子供の段階で冒険者となり、イザベラさんの任務に連れられることも多かったとか。

 そんな折、イザベラさんが隻腕となった原因の任務が発生したという。その詳細は私が知ることはなかったが、その一端に貴族の裏切りが関わっていたらしい。それ以降、イザベラさんは冒険者を辞め、レンは激しく貴族を憎むようになった。

 私が出会った当時のやっかみを思えば、今の言動なんて可愛いものよ。


「……随分と丸くなったものよね」

「あぁ?」


 独り言のつもりだったが反応されてしまったようだ。同じことをもう一度言えば、怒られるのは目に見えているので、慌てて話題を逸らす。


「それにしても、何で私たちが貧民街の担当なんだろう?」

「どういう意味だ?」

「ほら、貧民街って言ったら何となくレジスタンスに結びつかない?もし何かあるとしたらこの辺りなんじゃないかと思うんだけど」

「お前、貧民街にどんな悪いイメージ持ってんだよ。馬鹿にしてんのか?」

「そういうつもりじゃないけど」

「アーシャには悪いがレンの言う通りじゃないか?それにここはパレードの場からも遠いしな」


 ここに来てから思ったことは二人にあっさりと否定された。

 何でだろう?貧民街と反対組織って結びつくもんじゃないの?

 そう思うのは私が前世の記憶があるからなのだろうか。


「ま、仮にそうだとしても、俺たちなら大丈夫だろ」

「おいレン、過信は身を滅ぼすぞ」

「へいへい」


 レンもグラムも強い。それは間違いないことだ。ただ私とレンの冒険者ランクは現在Cランクであり、決してギルド内で高い位置にいるというわけではない。最も学院に通っているおかげでランクを上げる機会がないだけで、実質的にはBランクぐらいはあるだろう。ちなみにグラムはBランクである。

 レンほどではないが、私にも自分たちのパーティーがそれなりに強いことは理解している。四年間組んでいるし、連携も取れている。だけどやっぱりギルドの中では中堅クラスでしかない。上には上がたくさんいるのだから。

 そんな私たちのパーティーの担当が貧民街だというのが、私にはどうしても納得できない。いやまあ、レンとグラムの言う通り考えすぎなのかもしれないけど。


「そう心配するな、アーシャ。俺たちは任務をこなせばいい。気を引き締めて警備することには変わりない」

「……そうね。ありがとう、グラム」


 こういう時に精神的にも支えてくれるリーダーはやはり頼もしい。グラムには全幅の信頼を寄せている。

 それからは多少の会話をしながらも、貧民街をひたすら歩き回っていた。

 すると、二軒くらい先の家屋から人影が現れる。その人影はこちらを見ると、僅かに驚いた後、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「……レン?君、レンですか?」

「お前は……まさかマーシュ?」

「えぇ、そうです!やはりレンですか!久しぶりですね!」


 何やらよく分からないまま、レンと現れた男性が納得して話し始める。

 男性は眼鏡を掛けていて、物腰も柔らかに見える。インテリを思わせるが、それを台無しにするように服装はみすぼらしいものだと言っていい。間違いなく、貧民街の住人だろう。レンも元々は貧民街出身なので、恐らくは昔の知り合いといったところか。


「レン、紹介してくれないか」

「あぁ、悪い。こいつはマーシュ。昔のダチだ」

「……レンに、友達ねぇ」

「いちゃ悪いのかよ」


 とてもではないが、信じられない。私の想像では、昔のレンはガキ大将で同年代の子供たちを苛めているような姿だ。それがまさか友達がいようとは。


「フフッ、仲がよろしいのですね。……初めまして、マーシュと申します」

「こっちのでかいのがグラムで、女の方がアーシャだ」

「初めまして」


 しかもとても丁寧な人物なのだから尚更だ。内心を隠しつつ、マーシュさんと挨拶を交わす。


「それにしても、レン。こんなところでいったい何をしているんですか?今まで寄り付かなかったでしょうに」

「あー……何となく来づらかったからな。今日は任務で来たんだ」

「任務?」

「俺は今冒険者ギルドに入ってるんだ。それで建国祭の警備をしているんだよ」

「あぁ、なるほど。こんなところまで警備が及ぶなんて相当ですね。……まさかレンが冒険者になっていたとは驚きですが」

「そうか?まぁ、そういうことだから今は任務中なんだ。機会があれば、また会おうぜ」

「分かりました。私はだいたいこの辺りにいますので。レンがこちらへ来てくださいよ?」

「……暇があればな」


 苦虫を噛みつぶしたような顔をするレン。これはきっと行かないんだろうな、と思う。

 決して貧民街を嫌っているわけではないのだろう。それでも来づらいと言っていたのだから、レンにも思うことがあるのかもしれない。さすがに私も気軽に聞いていいことではないのは分かる。

 マーシュさんもそれが分かったのだろう。苦笑しながら頷いていた。

 それから別れを告げようとすると、マーシュさんが何かに気付いたように声を上げる。


「おや、あれは……?」

「え?」


 背後を見ていたので思わず振り返ると、そこには三人組の男たちがいた。何かを話し合っているが、服装を見る限りは貧民街の住人だろう。


「こんなとこに人がいるなんて珍しいですね」

「ここの奴らは建国祭に興味ないのか?」


 建国祭なのだから、当然国民全てが楽しむ義務がある。それは貧民街の住民とて例外ではない。マーシュも含めて、彼らを見たレンは呆れながらそう零したのだろう。けれどマーシュはそれに否定するような言葉を告げた。


「いえ、そんなはずはないです。私もこれからパレードを見に行くところでしたから。それにあの方々は恐らくここの住人ではないですね」

「何だと?」

「私はここではそれなりに顔は広いですから、ここの住人の顔くらいは覚えてますよ。彼らの顔は見たこともないです」


 その言葉にハッとして私たちは顔を見合わせる。

 どう考えても不審人物でしかない。


「マーシュ、助かった」

「……?」

「悪いが急用ができた。話はまた今度だ。じゃあな」


 それだけ言い残し、私たちは揃って三人組へと向かって走り出す。遠目から見れば、ただの貧民街の住人にしか見えないが、近づくにつれてそれは確かに怪しい人たちだった。

 服装だけ見れば貧民街の住人のようだが、それ以外の身なりは割りと裕福に見える。髪や肌などは綺麗に繕われているくらいだ。

 私たちが近づいてくるのが分かったのだろう。三人組はこちらに顔を向けると、ギョッとしたように顔を見合わせていた。それからの行動は見事と言っていい。

 一人の男性が何かを話していた。

 いや、違う。あれは、詠唱だ。


「魔法よ!」


 二人への注意の声と共に、その場所に砂塵が現れた。一瞬のことだったが、それは私たちの足を止めるには十分だ。砂塵が消えた後には、三方にちらばる男たちの背中が見えるだけだ。


「分かれるぞ!逃がすなよ!」


 グラムの声と共に散らばる私たち。

 何よこれ。まさか本当にこんなことになるなんて。

 上空に打ち上げられる信号弾を目にしながら、私はただ目の前の男をひたすら追った。


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