純粋な天使
「巫女に多くの危害を与えた罪は死罪に値する!今ここにアーシャ=バレリアナへの執行を致す!!」
城門前の広場で処刑台へと磔にされているアーシャ。身動き何一つ取れず、口も塞がれている状態では、視線での抵抗しか出来ない。けれど彼女の瞳にその意志はなく、ただ諦めの色しか灯っていなかった。
大罪人の処刑を見るべく集まった群衆。多くの人々がアーシャという人間を断罪していた。そこに彼女を庇おうとする人間は誰一人としていない。
もしも来世に生まれ変わることが出来るのなら、私は幸せになりたい。
それだけを希望に、彼女の命は失われた。
「アーシャ様!!」
飛び起きるように身体を起こすと、そこは見慣れた自分の部屋だった。
今先ほどまで見ていた悪夢に、否応なく身体から汗が垂れる。
四月以降、何度も見る悪夢。それは魔物に殺されたり、喰われたり、時には今のように人間に処刑されることもあった。そのパターンは幾つもあるが、結末だけは変わることのない悪夢だ。
「……またうなされておりました。ご気分はいかがですか?」
最悪に決まってるじゃない。
そんなことは言えないが、私を心配してくれているルーナには大丈夫だと答えた。もちろんそれが嘘だなんてルーナは分かっているが、決して問い詰めてきたりはしない。それがとてもありがたく、そして申し訳なかった。
本当に、私には出来すぎたメイドよね。
だけどごめんね、ルーナ。今はまだ、何も話せない。
ルーナだけでなく、誰にも。
「……外が騒がしいわね」
話を逸らすように部屋の窓の外を覗く。
もちろん見なくてもその理由なんて分かりきっている。
まだ昼前だというのに、外では大きな花火が幾つも上がっている。貴族街の通りには普段見ないほどの数の騎士や兵士があちこちと走り回っていた。
ここからは見えないが城下町となると、民衆全てがお祭り騒ぎになっているだろう。
それもこれも、一年で今日という日だけは特別な日だからだ。
レヴァリア王国の建国祭。
六月のこの時期になると、毎年それが行われる。民衆や多くの貴族たちは仕事も何もかもが休みになり、王家と五大貴族を中心とした者たちでパレードも行われる。それが昼過ぎから行われるので、それを見たさに国中から多くの者たちが集まるのだ。
特に今年は建国から三百年の年となり、例年以上のお祭り騒ぎだ。誰もがこの日を待っていたと言っていいくらいに。
それはもちろん私だって例外ではない。
祭りとしてはそこまで興味もないが、これでも一応はこの国に生まれた人間なのだ。建国祭を祝う気持ちは十分にある。
私にも一応愛国心というものは備わっているつもりだ。
「これからまだまだ騒がしくなりますわ。アーシャ様もご友人と見学なさるのでしょう?そろそろ準備を致しませんと」
「えぇ、そうするわ」
建国祭の一番の目玉である王家を筆頭としてのパレードには、当然バレリアナ家も出るが私にはほとんど関係ない。五大貴族の代表としてパレードに参加するのは一名であり、バレリアナ家からは当然姉が出ることになる。なので私はナギとフィデルと一緒に見学する、ということになっていた。
実際にはそれは間違いであり、二人と過ごすのはただのアリバイ工作だ。家の者たちには引きこもりとして部屋で過ごすことにし、ルーナにはナギとフィデルと過ごすことに、そしてその二人にはデューク様と過ごすことになっている。
自分でもややこしいのは理解しているつもりだ。
これから私が向かうのは冒険者ギルドであり、今日は冒険者として過ごすことになっている。
私が冒険者をしていることを知っているのはギルドの人たちだけで、それ以外は仲の良い人たちも知らない。いつかは話さないと、なんて思っているけど結局後伸ばしにして今日まで過ごしている。
そんな冒険者として過ごすにあたり、アリバイ工作を頼んでいるのが、ルーナと、ナギとフィデルと、デューク様の三カ所なのだ。特にルーナとナギたちにはよくデューク様の名前を利用していたりする。デューク様自身は私が城下町へ降りているのは知っているだろうが、冒険者をしていることは知らないはずだ。
だからこそ、今日はこれから冒険者ギルドへと行くことを前提に、ルーナの前では友人と出かける装いをすることになる。
ルーナは信頼しているメイドだから、正直嘘を吐くのは辛い。
ごめんね、ルーナ。
心の中だけで懺悔しながら、私は部屋を出た。
「あれ?アーシャ姉様出かけるの?」
「……えぇ」
部屋を出て階下へ降りれば、出くわしたのは私の天使ヨハンだった。ヨハンも私と同様に外行きの服を着ており、これから建国祭へと向かうのだろう。
誰と一緒かなんてのは分かりきっている。
「そっか。僕はルクスと一緒に行くんだ」
「……ルクスと?約束しているの?」
「ううん。僕が勝手に付いていくだけ」
嬉しそうにはしゃぐヨハン。
ヨハン、自分の言っている意味を分かってるの?
どこまでもポジティブなヨハンには呆れと羨望がある。あんな冷徹な視線によく耐えれるわね。
「ヨハン、貴方はどうしてルクスと仲良く出来るの?」
「え?」
私が思い切って聞けば、ヨハンはよく分からないような顔をしていた。
「……ルクスのこと怖いと思わないの?」
「怖い?ルクスが?そんなこと全然ないよ」
「そう……」
半ば予想していた言葉に頷くしか出来ない。
ヨハンは何言ってんだこいつみたいな顔をしているので、結構精神的ダメージは大きい。
お願いだからそんな顔で私を見ないでほしい。
「アーシャ姉様は知らないかもしれないけど、ルクスって結構優しいんだよ」
優しい?ルクスが?
何かの聞き間違いかしら。
「みんなは無表情だって言うけど、決してそんなことないし、僕にはルクスの喜怒哀楽は分かるよ。まあそれを出すことは確かに少ないけど。でも僕が傍に行っても、嫌な顔しても決して断ることはないんだ。僕が困ってる時にはさりげなく優しくしてくれることもあるし」
「…………」
「みんなはルクスが無属性だからって悪く言うけど、それっていけないことなのかな?誰もルクスのことを本当に分かろうとしないんだよ。それなのにルクスに敵意を向けるだけで……そんなの許せないよ」
悔しそうに、絞り出すその言葉。そこにはヨハンの慟哭が詰まっていた。
あぁ、そうか……。
ルクスにはヨハンという存在がずっといてくれたのね。
多分それは、私がヨハンを天使だと言うように、きっとルクスにとってもそれに近いものなのかもしれない。
ヨハンの言葉はそっくりそのまま私の胸に突き刺さり、何も言い返せない。まるで私自身が責められているようだ。それは多分間違いではないのだろう。
だけど、私は謝ることは出来ない。それを直すこともしない。
だってルクスにはヨハンがいることが分かったのだから。
「ヨハン……貴方はどうかそのままでいてね」
決してゲームのような悪役にならないで。
それだけが杞憂だけども、多分この子ならきっと大丈夫。
私はそう信じたい。
「……姉様?」
「何でもないわ」
不思議そうに見るヨハンは目を潤ませてとても可愛らしい。
そのまま抱きしめてしまいたい。
そんなことを思ってたら、ヨハンからのまさかの爆弾が投下された。
「アーシャ姉様は、ルクスのことをどう思っているのですか?」
「……どう、って?」
「そのままの意味です。どうしてルクスのことを避けるのですか?」
「そ、れは……」
そんなこと言えるわけないじゃない。
今になってそんなことを言われるなんて思わず、動揺は隠しきれない。
いったい何て誤魔化せばいいのか。
ヨハンは私を探るようにジッとその答えを待っている。私は脳内をフル回転させて、どうにか言葉を探していた。
そうしたら厄介なことに、その場にはその本人が現れてしまったのだ。
「……その辺にしておけ、ヨハン」
「ッ!?」
背後からの声に思わず振り返れば、そこにはルクスの姿があった。ヨハンと同じような外行きの服装で、いつもよりかは少しばかり綺麗に見える。しかしその視線は私を貫くように睨みつけていた。
これよ、これ。冷徹な視線。
「だけど、ルクス……」
「こいつに何を言っても無駄だ。……俺のことを一番嫌っているのはこいつだからな」
「…………」
断定するその言葉には、何も言い返せない。そう思われるだけのことをしたのは事実でもあるし、それを今さら否定しようなどとは思わなかったからだ。
ルクスやヨハンもその無言を肯定と取ったのだろう。ヨハンは痛ましげな顔で私を見ていた。
「行くぞ」
ルクスはヨハンに声を掛け、私の存在を無視するかのように外へと向かった。
この前と同じだ。
あの視線を浴びると、私はその場から動けなくなる。
どうしようもなく、私はルクスを恐れているのだった。




