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異界の巫女  作者: ハル
ゲームスタート
38/56

番外編:騎士団長の後悔

「いい夢を、我が姫君」


 小さくそう口にして、俺は目の前で眠る姫の頭を撫でた。余り手入れのされていなそうな髪は、実は意外にもサラサラして手触りがいい。それを知っている男は、いったいどれだけいるのだろうか。

 そんな感情を自分自身が持つことに、初めはとても驚いたものだ。

 出来ることなら、そのまま彼女にキスをしたいと。

 その頬に、額に、唇に――


 彼女を初めて目にしたのはまだ幼い頃。

 王家と五大貴族が集まったパーティーだった。何てことはない、互いの腹を探り合うような下らないものだ。

 その目的の一つとしては、子息たちの顔合わせも含んでいたのだろう。何の因果か、ウィンダリア家を除いた四家と王家の子息は年齢が近かった。パーティーの隅で彼らが揃っていたのを思い出す。その中で、一際俯いていたのが彼女だ。同じ顔をした双子の姉の後ろにビクつくように隠れていた気がする。その時に何を思ったのかすら思い出せないほどに、彼女への印象はそんなものだった。

 次に出会ったのは五年前、エルンスト様の年代の夜会の日だった。あの日のことは今でも鮮明に思い出す。俺の人生の中でも、忘れがたい衝撃を受けた日だ。まさに運命と言ってもいいくらいに。


 アーシャ=バレリアナという女性は、悪い意味で貴族の中で有名な人物だった。

 エルンスト様の婚約者となるリーシャ=バレリアナの双子の妹。部屋から一歩も出ない引きこもりで、明るく快活な姉とは対称的に根暗で地味な女の子。姉が優秀だからか、それに比べられるように彼女の評判は日々悪くなる一方だった。

 当時、俺は騎士団に入団したばかりの新人だった。いくら父が騎士団長で、アーザイク家の人間だとしても、騎士団の中ではそんなことは関係ない。家柄など何にも左右されないのが、騎士団の常識だった。それは俺も例に漏れず、騎士団の仲間や先輩たちは俺のことを対等として扱ってくれた。それは学生時代の親友以来の出来事で、俺は嬉しくて騎士団で鍛錬して自分が強くなっていいく実感に幸せだったと言ってもいいくらいに。

 その一方で、貴族としての義務として婚約の話が以前からチラついていた。長男としてもちろんその責務の重要性は理解していたが、正直婚約など面倒なことでしかない。特に有力な候補としてフルブラッド家のアンナ嬢が囁かれているのだからなおさらだ。俺は困り果てて親友に相談したら、軽口に偽装婚約の話をさせられた。正直最初は非常識すぎる話にあきれ果てたが、よくよく考えればそうすることが自分のためになるだろうと、俺は自分のためだけにそれを決行しようと決めた。

 そんな時にアーシャの噂を聞いて利用としようと思いついたのだ。決して彼女の噂を鵜呑みにしているわけではなかったが、年が離れている彼女ならば結婚も先送りに出来るし手を出す必要もない。その時のアーシャには悪いと思ったが、本当に噂通りの人物なら別にいいかと思ってしまったのも事実だ。

 それからの話は早かっただろう。両親を説き伏せ、バレリアナ公に打診して、リナール公にも無理矢理認めてもらった。両親は突然乗り気になった俺に訝しがったが、バレリアナ公の快諾があると特に何も言わずにその話は決まっていった。


 そして運命の日。


 婚約発表の前に一目見ようと、エルンスト様の護衛として同行して彼女を待った。そして現れた双子の姉妹に、俺は柄にもなく息を飲み込んだのを覚えている。リーシャ様が純白のドレスを着て明るい光を思い浮かべるながら、アーシャは漆黒のドレスを身にまとった月の化身のようだった。噂から聞こえた醜女なんてものは一切吹き飛んで、見惚れていたのを思い出す。どこか憂いを浮かべていたのが尚更彼女を引き立たせていた。間違いでなければ、エルンスト様も同じくそうだったように思える。そんなエルンスト様を引き連れて進むリーシャ様を見送れば、一人残ったアーシャは俺に気付いてないようにその後を追おうとしていたので、慌てて声を掛けてしまった。道中、話せば話すほどに噂など当てにならないものだと知る。

 それから婚約発表が為されれば、俺と彼女の婚約に周囲が驚いていたし、まさか彼女が知らなかったとは思わず、気絶してしまったのにはさすがに俺も驚いた。

 自分の部屋へと連れ帰って話せば話すほど、彼女の存在が気になっていく。俺の言葉に少し慌てる姿を見せても、決して熱い視線は送ってくれない。そんな女性は初めてだったし、更に言えば俺の偽りの想いすら見破られ、まさかの共犯者だなんて言葉に目を丸くしたりもした。噂に聞いていた彼女の評判は、一日で反対に変わってしまった。それほどに聡明な彼女に俺の心はすでに奪われていたのだろう。

 彼女に突き付けられた条件は二つ。偽りの婚約者になるかわりに、彼女のアリバイ工作とその行動の不可侵だった。その奇妙な条件はとても貴族らしからぬものであったが、進んで偽りの婚約者となってくれるのならば反対する理由もない。おかげで俺は平穏に騎士団の中で順調に出世していけた。


 婚約者となってからは月に一度、彼女は俺の部屋を訪れる。そこで一夜を共にするのだから、間違いなく周囲の人間は誤解しているだろう。現実にはそのほとんどが、俺の部屋ではなくどこか別の知らない場所で彼女は過ごしているのだ。それがどこなのかは俺も知らないし、知りたくても探そうとはしなかった。そうすればこの関係が失ってしまうことが分かっていたから。

 それでも彼女について知るべきことは増えていく。頭の良さに、魔法の腕、行動力、どれもが同年代の少女と比べて遥かに高いのは理解できた。そしてそれをひたむきに隠そうとすることも。それでいて俺の前ではある程度さらけ出してくれることに優越感を感じたりもした。

 年が重なるほど、出会えば出会うほど、言葉を交わせば交わすほど、俺の心は彼女の虜となっていく。それに気づいた時には、もう遅かったのだろう。

彼女はあくまでも、俺を共犯者としてしか見ていなかった。

 そうでなければ、男を前にこんな無防備で眠れるわけもないのだから。


「人の気も知らないでな……」


 彼女から香り出る匂いに心が苦しかった。

 時折放つ彼女の言葉は、時に鋭利な刃のように、騎士の剣よりも鋭い。

 若くして騎士団長となった自分を周りは褒め称えてくれるが、そんな器でないことは自分自身がよく分かっていた。

 俺より強い人間は周りにいっぱいいる。父や親友が特にそうだろうし、将来的にはディーンやルクスにも抜かされるだろう。俺の力は彼らみたいに天才的なものではない。もちろん彼らも努力あっての力だろう。だからこそ、近いうちに抜かされるのは目に見えていた。

 今日の試合だってそうだ。アーシャはああ言ってくれたが、半分は本当にディーンの実力だっただろう。咄嗟のことで本気を出してしまったのだから、それだけあいつの力を恐れていたと言ってもいい。

 ルクスだってそうだ。突然バレリアナ家の養子となった無属性のルクスの剣は、どうしようもなく親友のシルヴァを思い出す。多分何かしらの共通点があるのだろう。シルヴァは学生の時からの親友だが、あいつに勝てたことはほとんどない。まさに天才なやつだろう。それを卑屈に感じたことはないが、気にしているのは事実だ。最強だと言われれば言われるほどに、俺は彼らと比べてしまう時がある。

 だけどアーシャは言ってくれた。俺は俺なのだと。その言葉がどれだけ俺を嬉しくさせたか、満ち足りたか、幸せにしてくれたか知らないだろう。

 騎士とは他者を守るべき姿だ。

 国を、王家を、民を、家族を、愛する人を。

 アーザイク家に生まれた者として騎士となるのは当たり前のことだった。どうしてなんて考えたこともない。それが俺の生きる道だったし、楽しくもあった。深く考えたことなどない。

 だけど――


「今からでいいならば、君の騎士になりたいんだ」


 嘘から始まった俺たちの関係。

 だからこそ、彼女は俺を最大限に信頼しないし、愛さないだろう。

 それが分かっているからこそ、どうしようもなく辛く、悲しい。

 だけどそれでもいいんだ。

 俺が君を愛するから。


 だから、守らせてくれ。

 時折悲し気にうつむく君を、悪夢にうなされる君を。

 全身全霊を懸けて――


 我が姫君


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