エキシビション
決勝の結果が終わると、会場内では大歓声の声が上がる。その多くは勝者であるディーンに向けたものではなく、敗者であるレンへの嘲笑だった。
レンは他人の風評など気にすることもないので、この歓声を浴びても何も思わないだろう。
「やっぱディーン様の優勝か」
「そうね。一時は何があったかと思ったけど……それにしてもレンって人あんなに強かったのね」
「そうだよなぁ。いっつも一人でいるし、喧嘩が強いのは有名だったけどな。まさか王子に勝つとは思わなかったわ」
ナギとフィデルが雑談している中、闘技場のリングでは優勝者であるディーンの表彰が行われていた。
その様子を眺めていた私はふと大事なことを思い出す。そしてそれを一度思い出すと、大きな不安が私の中を過った。
「アーシャ?どうかしたのか?」
そんな私の様子に何かを感じたのか、フィデルが声を掛けてくれた。
「……ねぇ、フィデル」
「どうした?」
「……この場合の賭けって有効なのかしら?」
「……は?」
学院の中で密かに行われた賭けはディーン対王子の勝敗だ。私は結構大きな額をディーンに賭けている。
もちろん勝敗があらかじめ分かっていたからだ。八百長?そんな声は私には聞こえません。
しかし実際に行われたのはディーン対レンである。勝者は変わりないが、対戦相手が変わったとなれば……
「ま、そりゃ無効よね」
ナギの無情なる言葉が私を襲った。
レンに後で請求しようかしら。
「アーシャって本当に貴族なのか?」
「残念だけど、一応貴族なのよね」
フィデルの残念な視線が痛いけども、これが私なのだから仕方がないじゃない。
好きで貴族になったわけでも、アーシャに生まれたわけでもないのに。
そんなことを思っていたら、闘技場のリングの上の様子が変わってくる。何が起こるかと思えばエキシビションが始まるらしい。
「エキシビションだって……初耳だよ」
エキシビション。優勝者が余興としてもう一試合行うらしい。
リングではすでにディーンが戦闘準備を終えていた。対戦相手はまだいない。
「ディーン様の相手だろ?生徒じゃないよなぁ」
となると教師か。シルヴァさんだろうか。
思い当る対戦相手を考えていたら、大歓声のもとその人物が現れる。
「嘘……」
私が呆然と呟く中、ナギが大喜びで私の肩をたたいてきた。
「良かったじゃん、アーシャ!デューク様だよ!」
「まじかよ!騎士団長の戦いが見れんのか!?」
リングに現れたのはデューク=アーザイク。レヴァリア王国を守る王国騎士団の騎士団長その人である。
私の婚約者にして、共犯者。久しぶりにその姿を見た。
相対するディーンとデューク様。まさかの兄弟対決に会場の熱気は今日一番の盛り上がりだ。
「聞いてないわ、こんなの」
「へぇ、アーシャも知らなかったのか?ならデューク様のサプライズなのかもな」
「驚いた顔でも見たかったんじゃないの?愛されてるわね、アーシャ」
「……まさか、そんなわけないじゃない」
二人の言葉を一刀両断して、私はリング上を見やった。
私たち二人の関係は二人にしか分からない。そしてそれが決して愛情で育まれたものではないのは確かだ。
まもなく試合が始まろうとしている。
デューク様とディーン、そして審判のオルガスト様。この親子三人を一度に見れることが稀であるのだから、会場の誰もが今日来たことを幸せに思っているに違いない。
そして審判の合図でエキシビションは開始された。
ディーンが意気揚々と初手の攻撃を仕掛ける。それに同じ剣を以て対するデューク様。
ディーンは騎士見習いであるが、その実力は騎士団の中でも中核の位に値する。戦闘力だけであれば一軍の隊長すら任せられるだろう。しかし相手はこの国の騎士団のトップである。冒険者という例外はいるが、実際にこの国で一番強い人間を指すと言っていいくらいだ。もはや戦うこと自体が名誉と言っても過言ではないだろう。
そんな二人は容赦なく剣を打ち合っている。デューク様もそれほど手加減せずに、真剣に打ち合っているのだろう。普段のキザったらしい顔など微塵もなく、その顔はとても凛々しかった。こういうところも兄弟似ているみたいだ。
こんな顔、初めて見たかもしれない。
少しだけドキッとしながら、私は二人の試合から目が離せなかった。
戦いは中盤へと差し掛かっている。
何度も剣を合わせながらも、少しずつディーンが押されているようだった。しかしそのまま負けるようなディーンでもなく、小さな隙から攻撃を仕掛けていく。それにデューク様も慌てずに一つずつ受け止めていた。残念ながらディーンの攻撃はほとんど見破られているようだ。
デューク様は余裕の笑みを浮かべながら、ディーンへと反撃していく。
重く、鋭く、そして軽やかな剣。まだまだ本気など出していないだろうが、素人から見てもその実力には震えるものがあった。
これならば、あのシルヴァさんと同等だったのも頷ける。
学生時代にライバルであったシルヴァさんとデューク様。あのSランク冒険者のライバルという点に信じられない気持ちもあったが、若くして騎士団長となったのは確かな実力なのだろう。
「すげぇな、これ……」
「そうね。ちょっと自信なくすわ……」
ディーンとルクスが戦った時は、互いの実力が均衡していたからこそ白熱する戦いだった。けれどディーンとデューク様には力の差は歴然である。
武道大会の優勝者がこれだけ攻めても、大した一撃を与えられずにいるのだ。観客からしたら、デューク様が遊んでいるように見えるのかもしれない。最もそんなことは決してないだろうし、デューク様も真剣にディーンと相対しているのだろう。
それは試合が進むにつれて顕著にもなっていく。だんだんとデューク様の攻撃も激しくなっていき、ディーンはもはや防戦一方にも見える。それでもデューク様の決定的な一撃は避けているようだった。
何というか、獅子が赤子を千尋の谷に落とす光景を見ているようだ。
エキシビションであるからこそ、声援は主にディーンへと向いている。このまま負けないように応援するほど、ディーンもそれがしっかり聞こえているのか奮戦するように見えた。少なくとも目は諦めていない。
デューク様の激しい攻撃をディーンは一歩ずつ退きながら受け流していく。それがしばらく続いた後にディーンがようやく動いた。
一度だけデューク様の攻撃がぶれた時、ディーンは力強くその剣を受け止めて押し返す。そのまま体当たりするように剣を真っ直ぐに構えて突進していた。まるで一糸報いるように死を覚悟した戦士のようだ。
しかしその攻撃に虚を突かれたようにデューク様は目を見張っていた。少なくともそこから動かなければ致命傷の攻撃を受けていたくらいだ。だからこそ、恐らく本能的に身体が動いたのだろう。
デューク様の身体は横に引いてディーンの攻撃を逸らす。その攻撃はデューク様の脇腹を微かにかすっていた。突進したディーンがデューク様の横をそのまま通り過ぎた時、デューク様は上から剣を振り下ろす。剣の背の部分で力強く叩き付け、それは首筋に宛てられたディーンは、為すすべなくそのまま床へと倒れ込んだ。
「そこまで!勝者、デューク!」
一連の動作が終わった後、オルガスト様が試合終了の声を上げた。それと同時に会場から歓声が上がる。デューク様の勝利を喜ぶ声、ディーンの戦いを称える声と、全てが好意的なものだった。決勝戦とは大違いである。
ま、仕方ないけどね。
その事実にため息を一つだけ吐いた私はリング上から視線を感じた。
「…………」
デューク様が笑ってこちらを見ていたのだ。自意識過剰でなければ、私を見ているのだと思う。視線が交わると、その笑みが更に深くなっていた。
まるで私に祝われたいと言うように――




