レン
会場には大きなどよめきが支配していた。
誰もが予想していなかったことが起きたのだ。
昨年優勝したエルンスト王子が、まさか準決勝で敗れるなんて誰が想像するというのか。
「嘘だろ……?」
横で同じく観戦していたフィデルも呆然と呟いていた。ナギもあまりの信じられなさに無言でリングを見つめていた。
勝者の生徒は試合が終わると同時に退場し、残っていた場には王子が信じられない面持ちで立っていた。いつもの自信家のような顔など想像もできないくらい、いたたまれない顔だ。さすがの私もあんな王子は見ていたくない。
オルガスト様に声を掛けられ、王子はハッとして同じく退場していった。
そんな様子に、会場の人たちはやがて王子が負けたことを相手のせいにしだす始末に陥る。
「エルンスト様が負けるわけない!何かのイカサマだ!」
「ドーピングじゃないのか!?」
「王子は手加減してただけよ!」
勝手な憶測が飛び交う中、私は何ともいえない気持ちになってしまった。
「みんなすごいね……。そりゃエルンスト様が負けるなんて信じられないけど」
「……あいつって確か二学年の問題児だよな」
ナギとフィデルも少し落ち着きを取り戻してきたようだ。少しだけギャラリーの熱に宛てられている気がする。
そんな二人を横目に、私は席から立ちあがった。
「アーシャ?」
「少し外の空気吸ってくるわ」
決勝戦までには少しのインターバルがある。このタイミングで立ち上がる人たちは多かったため、ナギたちは素直に私を送ってくれた。
観客席から出ると、私は外へ向かわずに選手がいる控室のある方へと向かう。そこにはすでに王子を心配する生徒たちが押し寄せていた。その中にはユキさんと姉もいて、同じように心配した顔をしている。
私は彼らにバレないよう姿を隠しつつ、未だ残る控室まで歩いていった。もはや決勝前となると、すでにこの辺りは人気もない。このまま誰にも見つからずに進めるかと油断していたら、前方からカインが歩いてくるのが見えた。
「お前……」
面倒なやつに見つかってしまった。
私の存在に気付くとカインは睨みをきかせてくる。
「カイン様……」
恐らくはディーンを労いに来ていたのだろう。タイミングが少し悪かったみたいだ。
「あんたもディーンに会いに来たの?」
「……はい。ディーン様から応援してほしいと言われたので、決勝の前に一言と思って……」
「ふーん……。まあいい。あんたは仮にもアーザイク家と懇意にしているわけだしね」
「…………」
嫌味たらしく強調してくるカイン。アーザイク家との婚約のことを言ってるのだろう。
ホントにしつこいわね。
私は何も言わずに無言でいると、それにも怒りを覚えたようだ。
「あんたはそうやって都合が悪いとすぐ黙る」
「それは……」
「昔から何も変わっちゃいない。出来るならディーンにも近づかないで欲しいくらいだ」
「…………」
「……はぁ。さっさと行けば?ディーンはあんたを待ってるよ」
何だって?
聞き間違いかと思った。
焦れたのか分からないが、私といるのが嫌だとばかりに、カインは無理矢理話を終わらせて立ち去っていく。
それはいいのだけども、待ってるって何だ。私は会いに行くなんて一言も言ってない。
ディーンが勝手に言ってるだけだろうが少しだけ腹が立つ。
まあそう言われたところで会いに行く義理もないのだ。
私が用があるのはディーンではないのだから。
目的地まで着いて、私は目の前の選手控室を見上げる。その中に人が一人しかいないことを感じ、ノックもなしに乱暴に開けて入った。
「レン!いったいどういうこと!?」
中にいた男子生徒は先ほど王子を倒した剣を磨いていた。
いきなり入ってきた私を見ると、嫌そうに顔を歪める。失礼な。
「あぁ?別にお前に関係ないだろ」
くすんだ赤色の短い髪。野獣を思わせるような目。乱暴な言葉遣い。まさに問題児そのものだ。
男の名はレン。五年前に出会った冒険者である。
初めて冒険者に登録をした日に喧嘩したレンはまさかの年下だったのだ。絶対に仲良くなれないと思ったレンだったが、今ではまさかの同じパーティーの仲間で、私としては気心知れた相手だったりする。言動には問題ありだが。
「あるわよ!何をちゃっかり王子に勝ったりしてんの?こんなとこで本気出さないでよ」
「……うるせぇ」
思い当る節はあるのだろう。少しだけバツが悪そうにするが、反省の色は見られない。
何て奴だ。目立たないために適当なとこで負けるって話だったのに。
「あんたね……」
「……つーか、そんなことのためにわざわざここまで来たのか?それこそバレたら問題だろ」
「それだけのことをしたからでしょ!」
「ちッ……」
私がいくら怒ったところでレンは聞く耳ももたない。これ以上は多分何を言っても無駄だろう。
本当は私にもわかっている。今回の結果は多分不可抗力なのだろう。そうならざる何かがあったとしか思えない。
「……王子に何言われたの?」
「あ?」
「試合中に何か話してたでしょ。それであんたキレたんじゃない」
「……分かってるなら聞くんじゃねぇ。お前だって知ってるだろ。俺は貴族が大嫌いなんだよ」
「はぁ……ま、だいたい想像はつくけど」
多分王子がレンを挑発したのだろう。普段ならそんなことにレンは乗らないが、相手が貴族や王族なら別だ。レンは彼らを嫌っているというより憎んでいると言ってもいい。私だって初めはいらぬ憎悪を向けられたのだから。
「決勝はどうするつもり?そのままディーンに勝つの?」
「さぁな。気分次第だ」
「……どっちでもいいけど、これ以上目立つ真似はやめてよね」
私たちが冒険者をやっていることなど学院の生徒は誰も知らない。私はともかくレンには隠す必要性などないのだが、同じパーティーを組んでいると私の存在までバレる恐れがあるのだ。レンが学院に入ってきた時に私は内緒にしておくように拝み倒した過去がある。
そしてもしレンが本気を出したら、ディーンにも勝てる実力がある。それは同じ冒険者であるからこそ断言できる事実でもあった。
すでに王子を負かしたことによって、レンの悪評は目立ちまくっている。もはや手遅れだが、出来ることならディーンには勝たないで欲しい。
しかしこれは私の我儘だ。
レンは黙ったままで、これ以上は会話も続きそうにない。
時間もあまりないので、私は観客席へと戻った。
そして始まる決勝戦。
レンに対してのブーイングがあったが、結果としてはディーンの優勝に終わった。
奮戦したように見せかけて、手を抜いてくれたのだ。
武道大会のディーンの優勝。
それはゲームのシナリオ通りの結末だった。




