武道大会
武道大会はトーナメント形式で行われる。参加者は約六十人くらいで、その生徒たちの中から教師陣がランダムに組むことになっている。ただしその中で最低限、シード権を持つ者たちや、決勝付近まで勝ち残ると予想される人物は左右のブロックにうまく分けられる。例を挙げるなら、ルクスがそれにあたるだろう。後はシード権を持つのは王子とディーンと、他の三学年の生徒だ。
そう。言ってしまえば配慮されるのは彼らだけであり、他の者たちは本当にランダムで決められる。それは貴族の生徒とて例外ではない。
だからってこれは可哀想だ。ヨハン、詰んだわね。
目の前でまもなく開始されるであろう第一試合。
リングに立っているのは我が弟たち、ヨハンとルクスだった。
「アーシャ、お前どっち応援するんだ?」
「ヨハンに決まってるじゃない」
隣に並ぶフィデルの言葉に、私は何のためらいもなく告げる。
私がヨハンを天使として内心で可愛がってるのは、フィデルたちも知っている事実だ。
「……あっそ」
審判を務めるのはオルガスト様だ。彼の合図で試合はスタートを切る。
相手が憧れのルクスであることに、ヨハンはどう思っているのだろうか。
多分勝ち目が薄くて嘆くよりも、ルクスと戦えることが嬉しいのだろう。表情はまさにそんな笑顔を浮かべていた。
普段あれだけ相手をされないのだからいい機会でもあるんだけどね。
私としてはヨハンには何試合かは勝ち残ってほしいと思っていたのだが、これでは無理だろう。ただヨハンが嬉しそうならそれでいいのだと思う。
ヨハンは確かにゲーム通りに育たなかったけども、魔法を得意とするバレリアナ家において、魔力がありながら剣を選択したヨハンに両親はいい顔をしていなかった。恐らく彼らにとっては剣という武器がそもそも嫌いなのだろう。
もともと子供への愛情などないに等しい両親はすでにヨハンに見切りをつけているところがある。私はそんなヨハンが家に馴染んでほしいと密かに願っているのだが、もう修正は不可能なとこまできていたようだ。
「決着は早そうだな」
隣でフィデルが独り言のように呟く。
少しだけイラッとしたが、その通りに試合は運んでいた。
何せルクスは手加減などしないのだからなおさらだ。
リングに立っている二人は必死に剣を合わせている。鍔迫り合いをする中、ヨハンに隙が生まれたところをルクスは見逃さない。攻撃を仕掛けて、ヨハンはあっけなくそれに屈していた。
「そこまで!……勝者、ルクス!」
オルガスト様の声が場内に響く。その瞬間にギャラリーたちはそれぞれ歓声を上げていた。
ちなみに観客は生徒だけでない。一般に開放されているので、保護者たちや非番の騎士団員なども結構見かけたりする。
ルクスの存在はこの近辺だけでいうなら有名なのだ。普段は疎まれる彼であったが、この時ばかりは称賛の声が多く上がっていた。その多くは普段表に出さない彼の隠れファンたちだろう。
「ヨハン……」
私はルクスよりも負けてしまったヨハンに意識が向く。
けれどヨハンはそんな私の心配を通り越して、負けたというのにすがすがしく笑っていた。
どんだけルクスが好きなのよ……。
「残念だったな」
最初から分かってた結果だとばかりに、心の籠らない言葉がフィデルから告げられた。
そんな言葉に私はフィデルを睨むだけで、特に何も言わずに次の試合へ目を向けた。
とはいえ、私は知りもしない相手が出る試合に熱中するほど興味があるわけではない。
何ともなしにしばらく試合を眺めていると、ようやくもう一人の応援者ナギの出番が来た。
「来たわね」
「おう!」
フィデルも乗り気で応援に励む。
ナギの相手は二学年の女生徒だった。ランダムで試合を組む際、第一試合だけに関しては同性同士で組むように設定されているのだ。
しかし相手の生徒は見るからに騎士然とした強そうな女性だった。
「……大丈夫かしら」
「……まあ、何とかなるんじゃねぇか」
とても不安だ。
そうこうしてたら試合も始まり、ナギが真っ先に攻撃を仕掛けた。
あれでいて、結構攻撃的な性格らしい。
ナギの短剣と相手の長剣ではリーチの差は歴然だ。しかしナギは素早さを味方に着けて休まず攻撃していくと、相手はそれに対して防戦一方である。
そしてなんと、そのまま相手に打ち勝ってしまった。
「勝負あり!……勝者ナギ!」
オルガスト様の声に私たちは一瞬顔を見合わせた後、手を取り合って歓喜した。
「やった!」
「凄いぞ、ナギ!!」
たかが初戦。されど初戦だ。
フィデルが大声でナギに声援をやると、彼女は私たちの存在に気づいて振り返り、飛びっきりの笑顔でVサインを示してきた。
私たちも同じように返すと、ナギは本当に嬉しそうに笑っていた。
良かった良かった。応援しにきた甲斐もあるってもんだわ。
それからしばらくして第二戦が始まる。
二戦目となると、ナギの相手は男生徒になってしまった。魔道大会ならいざ知らず、武道ともなれば男女の体格や力差は大きい。極稀に男性陣を打ち負かすほどの女傑が現れる年もあるが、今年はそんな猛者はいない。
ナギは奮戦むなしく、第二戦で敗れ去ってしまった。
それに少しだけ落胆するも、一度勝利したのだから結果としてはいいだろう。何せ始めは初戦突破すら難しいと思ってたのだから。
「お疲れ、ナギ」
「アーシャ、私の活躍ちゃんと見てた!?」
「見てた見てた」
「俺もな!」
試合を終えたナギは私たちのもとにやってきた。
たった今負けた悔しさなどは微塵も感じられず、むしろやっぱり初戦突破がとても嬉しかったのだろう。しばらくの間、私に構い倒すナギを見ていじけたフィデルが嫌味を言うまで、終始ニコニコしていた。
その後も試合は順調に進み、順当に有力生徒が勝ち上がっていく。
やがて準決勝が始まろうとしていた。
ディーンもルクスも王子も勝ち残っている。
「やっとここまで来たか」
「ここまで来るとホント生徒の戦いって感じじゃないわよね」
攻略対象はみな尋常ではない強さを持っている。それがゲームの影響かどうかは知らないが、ナギの言う通り普通の生徒とは力の差は歴然だ。
「ディーン様とルクスか……」
先に試合するのは二学年同士、ディーンとルクスだ。
すでに二人は剣を持って対峙していた。ディーンの顔は引き締まっている。ルクスからは無表情で何を考えているのか読み取れない。
先に攻撃を仕掛けたのはディーンだ。
歴代騎士の家系のアーザイク家であるディーンは、幼少の頃から剣にかけては英才教育を受けている。もはやすでに騎士団でも中核の実力はあるといっていいだろう。
そんなディーンの攻撃は重い一撃を放つ。対するアークさんの剣を受け継ぐルクスは、軽やかな剣さばきである。
対極ともいえる二つの剣がぶつかり合う様に、会場中の誰もが言葉を失っていた。それは私も例外ではない。これほどの戦いが学院の大会で見られるなど、誰もが思わなかっただろう。
二人は本気で打ち合っているのだ。これだけ見れば今まで二人は手を抜いていたということになるが、正しくは本気を出せる相手がいなかったのかもしれない。
ディーンが連撃を繰り出しながらルクスを攻めていた。どちらかというと形勢はディーンの方に終始傾いている。しかしそれに屈するルクスではなく、隙を伺っては反撃を仕掛ける。その攻撃にディーンは僅かに後退した。その瞬間も見逃さずに、ルクスはそのまま素早い攻撃を繰り広げる。そしてそれに真っ向から勝負するディーン。剣と剣がぶつかり合い、一瞬の間、二人は口角を上げて笑みを零していた。
ルクスが笑った。
真っ先に目を疑うように私はルクスを凝視していた。
しかしそれも一瞬のこと、二人は休む間もなく攻撃を止めない。
そのまま互角な勝負が繰り広げられる中、先に崩れ始めたのはルクスの方だった。その隙を当然ディーンが見逃すはずもない。一気に勝負を決めるように、猛攻を仕掛ける。ルクスも何とか踏ん張ってそれを受け止めるが、やがてディーンの剣を受け止められなくなっていく。
もはや勝負は決まっただろう。その数秒後にはオルガスト様の声が響いた。
「そこまで!勝者ディーン!」
リングに倒れたのはルクスだった。ディーンも疲れた様子を見せながら立っている。すでにその顔には凛々しいものもなく、子供のような笑みを浮かべていた。
オルガスト様の勝利宣言の声に、今まで無言だったギャラリーからは今日一番の歓声が上がる。所々ではスタンディングオベーションまで見受けられた。
いやはや、これは無理ないわ……。
「凄い……」
「……ああ」
ナギもフィデルも呆然としていた。
それほどまでに高いレベルの試合だったと言ってもいいだろう。
二人の実力に多分大きな差はない。だからこそここまで本気でやれたのだと思う。恐らくこれほどの試合は決勝では見られないだろう。ディーンは王子相手にあそこまで本気は出せないはずだ。それは良くも悪くも、騎士として王家に忠誠を抱いてるためだから。
そしてそれを多分エルンスト王子も分かっている。
今まで繰り広げられた戦いの興奮が冷め止まぬ中、次の試合の王子と生徒が入場した。
ここから見ても分かるくらいに、王子の機嫌はあまりよくなかった。王子もまた、今の試合に感じるものがあったのだろう。
「……始め!」
その合図のもとにもう一つの準決勝が始まる。
王子の剣もまた、ディーンやルクスに比べて遜色はない。ディーンが騎士の剣とするならば、王子はやはり王家の剣だった。
王家といってもお飾りのような意味ではない。代々レヴァリア王家は攻撃的な気質も秘めており、王家の剣は古くに伝わる最強の剣技と言われていたくらいだ。今となってはそれも廃れてきているらしいが、それでも王家の剣は現役だ。
王子が対戦相手と剣をぶつけ合う。王家の剣は割と豪快な仕様だ。
二人の戦いが一瞬膠着した時、彼らは何かの会話をしていた。その瞬間、両者は顔を歪めて一旦その場を離れる。
これは……悪い予感しかしない。
そう思ったのは無理もない。対戦相手の纏う雰囲気が凶暴なものに変わり果てたからだ。それはギャラリーにいる私でさえ一瞬震えたのだから、間近にいた王子はその比ではないだろう。
その直後、オルガスト様の声が会場内に無常に響いた。
「勝負あり!……勝者レン!」
リングに立っていたのは王子ではなく、くすんだ赤い髪色をした粗暴な目付きの生徒だった。




